山田神社を訪問された伊万里氏系有田家の4姉妹の皆さんら

 有田焼創業400年事業は、いよいよ今月22日に記念式典が開かれ、翌23日には記念セレモニーとして町民感謝祭が行われる。

 1218(健保6)年に松浦党有田三郎栄が、有田郷を治世するために唐船城を唐船山(標高86メートル、有田町山谷区)に築城して再来年で800年を迎える。

 唐船城と同じく竜造寺隆信の軍門に下った伊万里城主松浦家利は、妻が武雄領主の後藤貴明の娘だったことから山内の大野、宮野、神六の地を領し、家臣二百余名とともに後藤の家臣となった。

 一族に儒学者河原幡平がいる家利は、伊万里姓を名乗り、子どもたちには河原姓を名乗らせた。1843(天保14)年に幡平が藩公を諌止(かんし)し刑を受け、その後有田姓に改められた。

 末裔(まつえい)にあたる4姉妹が9月29日、唐船城址(じょうし)を来訪された。きっかけは地元の平川綾子さんが、佐賀新聞に唐船城について投稿した記事だった。長女令子さん、次女交子さん、5女栄子さん、6女良子さんは、有田家次男の故・峰次郎さん(元武雄市文化館館長)が編さんした「松浦党伊万里家之歴史と来譜」を持参され、山田神社の椎谷智周宮司や郷土史家の池田徳馬さんらと意見交換された。

 直系は東京在住とはいえ、墓守など大変という。末妹の良子さんは「平川さんの新聞記事を見て縁のある唐船城祉を訪ねようと思った」と話した。唐船城主の累代の家系図を保存している椎谷宮司は「2年後の800年祭に向けて良いつながりができた」とあいさつされた。

(地域リポーター・藤泰治=有田町)

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