快調に撮影が進む牛津映画。長崎街道を主人公の田中丸善蔵が行き交うシーンでは時代衣装に身を包んだエキストラ約50人が参加した=小城市牛津町砥川の永福寺

牛津高なぎなた部など、撮影にはさまざまなグループが参加した

「百年先まで通じる作品に」

 小城市牛津町を舞台に地元住民が中心となって製作を進めているドキュメント映画「二つの巨星 ~善蔵と与四右衛門」の撮影が佳境を迎えている。牛津町内各所で撮影することで地域の関心を集め、エキストラや資金提供など協力の申し出も相次いでいるという。

 9月中旬、同町砥川地区にある永福寺。寺の参道を長崎街道の牛津宿に見立てた撮影では、主人公で百貨店「玉屋」の創始者田中丸善蔵や大隈重信をはじめ武士や町人、外国人使節が行き交う映画の冒頭のシーンに、約50人の出演者が集まった。

 「思っていた以上にエキストラが集まり、幕末期の牛津宿のにぎわいをうまく表現できたと思う」と町づくりグループ「牛津赤れんが会」会長で監督の田中正照さん(62)は胸をなで下ろした。この日は牛津高なぎなた部の部員をはじめ、牛津町内の区長らが、かつらや袴(はかま)、着物などの時代衣装を身にまとい、日没までの約2時間、汗だくになって通行人や武士を演じた。

 合併で希薄化する郷土の誇りを取り戻すため、牛津で創業した田中丸善蔵と、砥川の石工・平川与四右衛門の2人にスポットを当てた歴史ドキュメント映画の製作を4月からスタート。小城市の教育長をトップに据え、牛津町内の区長やまちづくりNPO団体の役員で地元志向の強い実行委員会を組織した。

 配役ではオーディションで牛津町内に住む子どもたちを主役とヒロインに抜てき。同町内にある小中高校の理解を得て、子どもたちの役作りを進めた。「とにかく、地域のあらゆる機関を巻き込み、少しずつでもいいから市民に目を向けてほしかった」と田中監督。“巻き込み型”の映画製作に住民からの寄付金が増え、同時に裏方として映画に関わろうという意識も高まってきたという。

 寺の参道でのロケでは、幕末の雰囲気を出すため、のぼり旗を地元の染織会社が特別にあつらえた。かつらなど小道具類はボランティアスタッフのつてをたどって調達。市民映画は資金難に陥りやすいのが弱点だが、「みんなの郷土意識が助けてくれた」と田中監督は話す。

 ただ、製作で一番の難関は屋外での撮影。田中監督は「町内には赤れんが館や武家屋敷風の牛津会館など歴史的建造物があるものの、幕末の風景を求めるとなると町内でのロケは限られてくる」と話す。冒頭の街道沿いのにぎわいのシーンで寺の参道を選んだのは、電線がカメラに映り込まないとの理由だった。

 映画製作を通して、地元住民の意識は高まり「撮影に勢いが出てきた」と田中監督。「市民映画とはいえ妥協はしない。百年先まで通じる作品に仕上げる」。ロケは11月まで続く。

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