第2次世界大戦中に、日本は立て続けに大地震に見舞われる。昭和18(1943)年の「鳥取地震」に始まって、翌年の「東南海地震」、終戦の年の「三河地震」である。先の二つは死者・行方不明者が千人強、三河地震に至っては約2300人という惨事であった◆戦時下の国家による報道管制で、被害の実態は今のように国民にほとんど知られることはなかったとされる。共有する記憶は薄いのである。鳥取地震はマグニチュード7・2、鳥取市で震度6を記録している。震源が極めて浅く、激しい揺れに同市の中心部は壊滅し、古い町並みはほぼ失われるほどだった◆鳥取では2000年にも「鳥取県西部地震」という大地震が起きている。そんな被災の歴史を持つ地方に、またも大きな揺れが襲った。最大震度6弱。けが人が出て、建物が一部で壊れ、停電や交通の乱れも発生した。気になっていた隣県の島根原発は運転停止中で、異常がなかった◆活発な地震活動が続いており、被災者は心細い限りだろう。これから1週間ほどは注意が必要という。つい、2回目の地震の方が規模が大きかった熊本地震を思い出してしまう。早い終息を祈るばかりだ◆今回は断層が横にずれて起きた。佐賀も同じだが、断層だらけの日本列島に安全なところはない。心しておきたいことである。(章)

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