取材に駆け回って知ったのは、Uターンした人の多さだ。移動編集局の最初に掲載した「まちづくりを語ろう会」(12日付)で、町の将来像などを語ってもらった出席者6人のうち4人は、一度は外に出た人だった。ほかにも、別の土地で働いて帰郷した人に幾人も出会った。それぞれに事情はあるとはいえ、外に住んだからこそ分かる良さや、帰って来たくなる魅力が有田にはあるのだろう。

 歴史的に見ると有田は、外部の人や意見を受け入れる気風があった。創業400年の有田焼は、朝鮮半島出身の陶工が開いた。明治時代にはドイツ人科学者によって窯業の近代化を果たし、今日につなげた。2年後に築城800年となる唐船城も、水軍で知られる松浦党の一派が、有田川をさかのぼった要害の地に居城を構えたことに始まる。

 来春からは佐賀大学芸術地域デザイン学部の有田キャンパスでの講義が始まる。町の移住促進の取り組みで移住を決めた人もいる。地域の活性化に必要な「よそ者、若者」が、新しい風を吹かせてくれることを期待する。

【お礼】移動編集局・有田編の取材に協力いただいた有田町のみなさんにお礼申し上げます。

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