ワンピースの型紙

 昔はファッションに関心がなかった。高校卒業後はコンピューターの専門学校に通って求人のあった工場に就職し、会社が倒産したのでガスの配送員になった。バイクにのめり込んで、休日は熊本までレースに出掛けた。「バイクで食ってやるぞ」とまで考えていたが、24歳で結婚したのを機にやめた。

 それからは仕事ばかりの毎日だった。配送員はやりたかった仕事ではなく、同じことの繰り返しがどうしようもなく退屈だった。「バイクに乗れなくなった今、何を目指して生きていこう」と、なんとなく過ぎる日々を変えたかった。

 「アクセサリーでも陶芸でも何でもよかった。それがたまたま洋服だっただけ」―積もり積もった鬱憤(うっぷん)が、田代さんを物作りへ駆り立てた。華やかそうな世界に憧れ、ファッションの道へ歩み出す。

 佐賀から福岡に行くたびに服作りの本を20冊ほど買って帰った。それから睡眠時間3時間の生活が始まる。福岡に拠点を置く資金を稼ぐため、会社で仕事をしながら、夜は居酒屋でアルバイトをこなした。帰って服の本を読み、少し寝たらまた仕事。いつしか洋服のことしか考えなくなっていた。

 27歳で会社を辞め、福岡に拠点を移す。

 まずはシャツから作り始めた。デザインを描き、トルソー(マネキンのボディー)に布を直接当てて型紙をおこし、裁断、縫製する。ミリ単位の作業が求められた。緻密に引いた線にぴったり沿うよう裁断し、縫製しないと服の一周が簡単に数センチずれてしまう。

 服を作りながら、バイクのメンテナンスと似た感覚を思い出す。バイクも細かい作業の積み重ねでコンマ1秒、100分の1秒の世界を詰めていた。

 それからスカートにワンピース、とにかく数多く作ることに専念し、半年ほどで一通り作れるようになった。

1.Visitor.008 田代淳也(ファッションデザイナー)

3.日本最高峰の舞台へ

4.着物を洋服に

5.クリエイターを目指すみなさんへ

人と共に成長する服

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