新たに完成した権藤千秋さん(右)の「飛べ!赤い翼」の仏語版を手にするニコラさん=神埼市中央公民館

脊振山中の遭難の地を訪れ、記念碑を見つめるニコラさん=神埼市脊振町

ボークール市の子どもたちからのプレゼントに目を輝かせる児童ら=脊振小学校

友好姉妹都市20周年を祝う表示板の除幕式を行ったペラン市長(中央)と松本茂幸市長(左から2人目)=脊振公民館前

■冒険飛行家ジャピー氏を山中救出が縁

 今から80年前の1936(昭和11)年11月19日、パリ-東京間の懸賞飛行に挑んだ仏の冒険飛行家アンドレ・ジャピー氏が脊振山中に墜落、旧脊振村の住民により助けられた。この史実をきっかけにジャピー氏の地元旧ボークール町と脊振村は1996年、友好姉妹都市となった。神埼市は21~24日、ボークール市長やジャピー家の親族ら16人を招き、締結20周年を祝った。訪問団からは夢のプロジェクトの構想も披露され、救出劇を描いた児童書が新たにフランス語訳されるなど、国境を超えて紡がれる奇跡の物語は新章を迎えた。

■ボークール市長ら神埼市訪問

 姉妹都市締結20周年を記念した式典が22日、脊振勤労者体育館で開かれた。その席で、ジャピー氏の親族に当たるニコラ・ジャピーさん(60)が墜落したシムーン機の復元計画を明らかにした。「ジャピーは100時間以内の飛行を目指した。だから墜落から100年、つまりあと20年の間に実現したい」と強い思いを語った。

 式典では松本茂幸市長が「今日の雨は(墜落時、悪天候で視界不良だった)ジャピーさんが呼んでいるようです。末永く交流をしていきましょう」と歓迎。セドリック・ペラン市長(42)は「救出当時の皆様の連帯は本当に心を打つ。その事実を伝え、温かい交流を続けていただいたことに感謝したい」と述べた。

 神埼市は市役所と脊振公民館前に20周年を記した表示板を設置し、この日は除幕式を行った。また、同市の馬場憲治さん(68)が自ら42年かけて執筆し、今月刷り上がったばかりの書籍「脊振山の赤い翼」をニコラさんとペラン市長に手渡した。

■訪問団、遭難碑に「復元機で再訪を」

 ジャピー氏が乗り込んだコードロン・シムーン機が遭難した脊振山中にある碑を訪れた代表団。ニコラさんは碑を見つめ「この地にまた来られて感無量。ずっと交流が続くよう、今度は復元したシムーン機でここに来る」と笑顔を見せた。操縦士で同機の復元協会代表のステファン・ランテールさん(55)は「今みたいに自動操縦もナビもない時代で本当に冒険だったと思う。僕は怖くて絶対に無理。彼には特別なメンタルがあった」と話す。2人は「ジャピー氏がなし得なかった東京までの『悲願』のフライトもかなえたい」と話していた。

■脊振小児童らダンスや歌で歓迎

 脊振小では24日、児童がセレモニーを開いて一行を歓迎した。各学年がダンスや歌の出し物を披露し、日本らしさを感じさせる手作りプレゼントを贈った。異文化圏の新たな出会いに大興奮の表情だった。

 子どもたちはフランスの学校について質問し「平日でも午後は授業がない日があって、スポーツや文化活動ができる」という答えに目を丸くしていた。お昼は代表団と全校生徒が食堂で一緒に給食を食べ、教室で4年生と交流した。

 ボークール市小学校教師のジャスティーヌ・ジャコーさん(30)は受け持っている子どもたちが作った自己紹介カードを贈り、「たくさんのおもてなしに感動した。新しく完成した権藤千秋氏の仏語版の書籍を使ってジャピーさん救出の劇をやったり、スカイプで話したりしてもっと交流したい」と満足げ。4年生の山口藍くん(9)は「日本語で書かれたカードもあって、勉強してくれたと思うとうれしい。友達になりたい」といい、合田淑乃(よしの)さん(9)は「つながりが深くなるといいと思ってプレゼントの扇子には『絆』と書いた」と笑顔を見せた。

■80年前の逸話仏訳版も

 ジャピー氏を救った人々を描いた権藤千秋さんの著書「飛べ!赤い翼」(1991年発行)の仏訳版が完成したことをニコラさんが今回の訪問でサプライズ報告した。500部が刷り上がり、ボークール市の小学生の手に渡ったという。

 23日にあったゆかりの住民らが集まった交流会では権藤さん(91)が「日本とフランスを結ぶ本になれたことが本当にうれしい」と振り返り、ニコラさんは「この仏訳版が姉妹都市で共通の資料となり、学校同士の交流などにつながるとうれしい」と話した。ジャピー氏にゆかりのある住民は地元で語り継がれる逸話を紹介し、訪問団は当時に思いをはせていた。

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