自ら命を絶った女性2人の実名と写真が公表され、人々の心に強く訴えている。一人は学校でのいじめに苦しんだ青森市の中学生葛西りまさん(13)。もう一人は深夜残業が続き、心身ともに限界を超えていた東京都の会社員高橋まつりさん=当時(24)=だ。2人の悲劇が繰り返されぬように、自殺の背景を検証する必要がある。

 自殺の場合、実名報道か匿名かの議論以前に事実が表面化することが少ない。自殺を取り扱う警察や、学校や企業など関係機関が「遺族に配慮」し、公表しないことがほとんどだからだ。こうした対応は、故人が死を通じて訴えた問題点をうやむやにしないか。

 りまさんの父親が実名公表に踏み切ったのは、娘が被写体となっていた写真が、自殺を理由にコンテストの最優秀賞が取り消されたためだ。主催した自治体の判断だったが、少女の死を重く見るなら、なぜ判断前に遺族と話し合わなかったのか。そこに行政の事なかれ主義が見える。

 父親の剛さん(38)は「匿名報道では事実がぼやける。どんな子がどう生きて、どんな理不尽な目にあったか知ってほしい」と実名の公表理由を語った。誰にも思いを語れずに、苦しみを抱え込む被害者や遺族は少なくない。父親は「写真を通じ、愛する娘が生きた証しを示したい」とも話した。

 事件報道に携わると、そっとしておいてほしいという関係者の思いは痛いほど分かる。報道が過熱し、興味本位のまなざしが向けられることもあるからだ。事件でつらい思いをしたのに、なぜ、また苦しまなければならないのか-。私自身も取材で家族に直接訴えられたことがある。

 それでも私たち報道に関わる者は「実名」が必要だと考えている。取材を重ねた結果、記事では匿名表記が望ましいと判断することはあるが、事件や事故の真相に迫るには実名が手がかりとして欠かせない。そして、被害者を深く知ることで、事件の大きさに気づかされることも多い。

 広告大手「電通」の新人社員が過労自殺したと聞き、またかと思った人もいただろう。同社では1991年にも入社2年目の男性社員が自ら命を絶ち、最高裁が過労自殺と認定した。当時の記事に午前4~5時の帰宅が多かったとあるが、昨年自殺した高橋さんも同じような職場環境にいた。

 休日返上で働いたにもかかわらず、「君の残業の20時間は会社にとって無駄」と上司はパワハラに聞こえる言葉を吐いた。社の体質が25年前と全く変わっていないことが、高橋さんの遺族が実名を公表したことで明らかになった。

 もちろん、過労自殺は電通だけでなく、ほかの企業でも起きている。表面化せずに、違法な労働環境が続いているケースが多いと考えるべきだろう。

 厚生労働省の調査では、昨年度認定された自殺の労災補償は93件あった。ただ、統計の数字だけでは再発防止へ社会は動かない。電通が長時間労働対策に乗り出したのは高橋さんの死後ではなく、「過労自殺」の報道後だった。

 葛西さんと高橋さんの遺族は勇気をもって愛する娘の名前を公表した。その思いに応えるには、同じ悲劇がもう二度と起きることがないように社会に問い続けるしかない。(日高勉)

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