4年前から受け入れている韓国人選手とバルーン会場で交流を楽しむ西千鶴子さん(右から3人目)=2013年、佐賀市の嘉瀬川河川敷(西さん提供)

■ホストファミリー

 8月上旬、ロシアから英語で1通のメールが届いた。「福岡空港から佐賀駅までの行き方を教えてほしい。それと家のルールはありますか」。佐賀市の千住美加さん(31)は、電車の切符の買い方などを書き、「特にルールはないよ」と英語で返信した。

 メールの送り主は、熱気球世界選手権に出場するロシアのアンドレイ・クルコフ選手。千住さんは頻繁に海外旅行し外国人に慣れてはいるが、選手を受け入れるホストファミリーになるのは初めて。メールの「泊めてもらえるだけでもありがたい」の一文に礼儀正しさを感じ、緊張が和らいだ。

 2008年から4年間バルーン大会で変形気球などのボランティアを経験。外国人選手の受け入れに手を挙げたきっかけは、12年の米国横断旅行で佐賀のバルーン大会で知り合った米国人チームが家に泊めてくれたことだった。「たった一度の出会いでも、温かく受け入れてくれた。今度は自分がホストになって迎えたい」。恩返しできる機会を待っていた。

 今年、ホームステイを希望した外国人選手は過去最多の42チーム158人に上る。人数は昨年の2倍。千住さんら新たな17家族を含む39家族で迎え入れる。

 外国人との交流を楽しみ、長年続けるホストファミリーも多い。22年受け入れている西千鶴子さん(61)=佐賀市=は、1994年から18年間、ポーランドチームのプラヴィスキ・ボグダン選手を家に迎えた。料理などで文化の違いを感じることもあったが、思わぬ「特典」に喜ぶことも。ボグダン選手から夜間係留に家族で招かれ、バーナーの点灯を体験し、「受け入れてなかったら、こんな経験はできなかった」。

 選手専用駐車パスやチームのオリジナルグッズ、ポーランド土産。数々の思い出の品や写真を大切に保管し、帰国後もインターネットや手紙で連絡を取り合う。家族でポーランドに訪ねたこともある。

 ボグダン選手が不参加の年、空に浮かぶバルーンで大会が始まったことに気付いた。「来てくれることが当たり前になっていて、心に穴が空いた気がした」

 4年前、ボグダン選手の引退を機に、ボランティアを辞めようと思った。それでも佐賀市国際交流協会から「韓国の選手を受け入れてみないか」と勧められると、迷わず快諾した。「結局、私は人にご飯を作るとか、おもてなしすることが好きなのかも」と照れ笑いする。

 市国際交流協会の馬場三佳さん(52)は「受け入れを経験した方が選手との交流の魅力を伝え、おもてなしの気持ちをつなげてくれている」。草の根で国際交流が広がっていると感じている。

=Fly Up 風は佐賀色= =2016熱気球世界選手権=

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