「2016佐賀熱気球世界選手権」がきょう開幕する。佐賀で初めて熱気球大会が開かれて36年、世界選手権は19年ぶり3回目の開催。佐賀を代表するバルーンのイベントが、これから先も10年20年と続いていくためには、市民の支えや自治体、企業の協力の継続が不可欠だ。

 世界選手権の3回開催は、米国・バトルクリークの4回に次ぐもので、過去2度の開催実績と市民挙げての歓待ぶりが高く評価された結果と言える。

 今大会の基となったバルーンフェスタは、1980(昭和55)年、14機の熱気球とテント2張りで始まった。回を重ねるごとに、参加機数やボランティアも増え、自治体や協賛社の協力を得ながら、巨大イベントに成長した。

 中でもボランティアの存在は、大会運営の要だ。今大会も、多くのボランティアが支える。佐賀市選手権推進室によると、県内外の延べ3500人以上が協力する。これには個人応募のみならず、団体や企業からの要員派遣も含まれる。

 もとより、大会は多くの市民や団体、企業の支えで成り立っている。しかし近年は、慢性的なボランティア不足に陥っていた。また、大会を黎明(れいめい)期から支えるメンバーの高齢化や、運営ノウハウの継承も課題となっている。こうした現状への危機感が「次の世代につなぐ」との大会スローガンに表れたとも言える。

 県内には、約400年続く唐津くんちなどの祭りや伝統芸能、今春113回を迎えた有田陶器市など、長く続く大きなイベントがある。これらは地域住民や地場産業など、強固な存立基盤に支えられ歴史を重ねてきた。

 一方、熱気球愛好者の競技会がベースの気球大会は、決して当たり前にそこにあり続けるものではない。2006年に世界選手権の開催実績もある栃木県茂木町を中心とした栃木大会は、自治体の十分な協力が得にくくなったことなどから、17年間続いた大会が一昨年幕を閉じた。

 この例が示すように、気球大会の開催には、開催地の自治体と、気球関係者やボランティアなどの市民、そして大会を金銭面で支える協賛企業との三位一体の協力関係なしには成り立たない脆弱(ぜいじゃく)性をはらんでいる。

 ではなぜ、佐賀で開催できているのか。それは「佐賀の空に熱気球を飛ばし続けたい」という気球関係者やボランティア、そして市民の熱意に支えられているからに他ならない。その熱い思いに、協賛企業や自治体が呼応して成り立っている“奇跡のイベント”と呼んでも過言ではないだろう。

 いま大会主催者は、その熱い思いを今後も引き継いでくれる、次の世代のボランティアの登場を待ち望んでいる。

 まずは、会場の嘉瀬川河川敷に足を運んでみよう。そして、一斉離陸の迫力や、熱気球が空いっぱいに広がる大パノラマを体感してほしい。その観衆の中の何人かでも「大会を手伝いたい」「佐賀の空に熱気球を飛ばし続けたい」となれば素晴らしい。

 一人でも多くの人が、気球大会がもたらす「感動」を体験することが、「次の世代につなぐ」ための答えの一つではないだろうか。(田栗祐司)

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