母親というのは子の資質を見通せるものなのだろう。亡くなられた三笠宮さまは終戦後、母の貞明(ていめい)皇后から、「軍人ではなく文科の方に進ませたかった」という意味のことを言われたと著書で述懐されている◆戦前、皇族の男子は特別の理由がなければ陸海軍の武官に任じられた。後世、オリエント史の研究者になられたが、そこに向かわせたのは、皮肉なことに戦争であったという。戦時中、軍人として中国・南京に赴き、人間の不思議さに触れた◆中国の奥地に、ただ一人踏みとどまり、神の愛を説く白人宣教師の姿に心打たれる。日本軍と対峙する八路軍(中国共産党軍)は持久戦で、岩山しかない所に土を運び、種をまいて自給自足を図る。日本軍の司令官も舌を巻くその力がどこからくるのか。宗教社会学的な見地から歴史を見ようという動機につながった(『古代オリエント史と私』)◆戦時中から軍部の独走を批判し、戦後の著書で「今もなお良心の呵責(かしゃく)にたえないのは、戦争の罪悪性を十分に認識していなかったことです」と心境を吐露された。そばで見た昭和天皇の苦悩、南京での見聞が背景にあったからだろうか◆異文化を学び、教えた。それが戦いではなく理解という解決の道を示すことにつながったのかもしれない。天からもなお、戦争への戒めを説く存在で、と思う。(章)

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