東日本大震災で津波にのまれて犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の児童の遺族が損害賠償を求めた裁判。仙台地裁は「津波の襲来は予見できた」として、合わせて約14億2600万円を支払うよう市と県に命じた。

 なぜ、わが子は死なねばならなかったのか-。遺族は子どもたちの写真とともに「先生の言うことを聞いていたのに!」というメッセージを掲げた。問われたのは、地震発生から津波がやってくるまでの約50分間、学校側の行動が適切だったかどうかだ。

 大川小ではいったん児童を校庭に避難させたが、津波発生を知らせる広報車の放送を受けて、約150メートル離れた堤防「三角地帯」へ向けて移動を開始する。その途中で津波にのまれ、児童74人と教職員10人が犠牲になった。

 広報車の放送から、津波が来るまでは約7分間。判決は、わずか1~2分で行き着く裏山に逃れていれば、子どもたちは助かっていた可能性が高いと認定した。

 児童とともに教職員も亡くなっており、その責任を問うのは酷かもしれない。震災後の保護者説明会で、石巻市の亀山紘市長は子どもたちの犠牲を「自然災害における宿命」と述べていたが、本当にそうだろうか。巨大災害だからやむを得なかったのだと目をそらして思考停止に陥ってしまっては、ふたたび悲劇を繰り返すことになりはしないか。

 今回の判決で、学校現場には重い責任が突きつけられた。菅義偉官房長官は「効果的な防災教育や避難訓練により、災害時に児童、生徒の安全が確保されるようしっかり取り組んでいきたい」と表明した。子どもたちが自ら命を守る行動をとれるよう徹底するとともに、教職員に対しても極限状態に置かれてもより適切な判断ができるように防災教育を見直していかねばならないだろう。

 佐賀県の場合は巨大津波に襲われる可能性は低いが、人ごとと済ませるわけにはいかない。もはや日本列島のどこにも災害と無縁な場所はないからだ。東日本大震災後も、熊本地震をはじめ各地で地震が頻発し、台風など異常気象も猛威を振るう。原発の事故も忘れてはならない。

 学校の多くは地域住民の避難場所に位置づけられ、安全性が高いと考えられてきた。今回の大川小にしてもハザードマップでは津波の浸水想定区域の外にあり、避難場所に指定されていた。従来を超える「想定外」を、いかに想定するか、その努力が求められているわけだ。

 石巻市は判決を不服として控訴する方針を決めた。遺族にとってはつらい時間が続くが、さらなる真相究明を望みたい。

 今回の判決で、助けられたはずの命が失われた状況が浮き彫りになったが、学校側はこれまで児童から聞き取り調査した資料を廃棄するなど、不可解な行動を見せている。唯一生き残った男性教諭の説明と、児童らの証言には食い違いが残ったままだ。真相はいまだ闇の中にある。

 私たちは災害の時代に生きている。大川小の校舎は「震災遺構」として保存される。悲劇を二度と繰り返さないという決意とともに、学校現場が、保護者が、それぞれの足元から防災体制を見直すきっかけにしたい。(古賀史生)

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