佐賀城本丸歴史館で展示の脇差し。肥前国吉包の銘と〓(金ヘンに示、右に組のツクリ)(はばき)には真田家の家紋「六文銭」が刻まれている

 真田家の家紋「六文銭」が?(はばき)の部分に刻まれた肥前刀の脇差しが、佐賀城本丸歴史館・御小書院で特別公開されている。?は柄と刀身を固定する金具の部分。肥前刀の名刀に六文銭という大変珍しい取り合わせで注目を集めている。展示は31日まで。

 脇差しは佐賀藩の刀鍛冶、八代忠吉の弟子で幕末期に優れた肥前刀を制作した吉包(よしかね)の作で、県内の個人が所蔵。吉包の腕前は師をしのぐほどで江藤新平や島義勇からの注文も受けた。

 「肥前国吉包」と裏に「真田幸成応需 慶應二年八月」との銘があり、真田幸成なる人物が慶応2(1866)年、吉包に注文したことが記されている。

 幸成は真田氏一門の可能性を否定できないが、真田家の系譜にその名はない。作られた当時は倒幕の機運が高まっており、注文者が江戸初期の「大阪冬の陣」で徳川方を撃退した真田信繁(幸村)の武功にあやかろうと“幸が成る”との思いを込めて注文したとも考えられる。

 本丸歴史館の南里昌芳学芸員は「六文銭のある肥前刀は見たことがない。伝来など調査を進めたい」と話す。吉包作による江藤と島の愛蔵の刀も展示している。

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