久敬社塾の赤獅子を前に瀨戸商博さん。この日はOBを招き「東京からつくんち」が開かれた=23日、神奈川県川崎市(提供)

囃子の練習に励む久敬社塾の塾生たち。10月に入ると、夜、塾生が集まり、笛の音色が響く=神奈川県川崎市

◆瀨戸 商博さん(20)

 神奈川県川崎市麻生区の閑静な住宅街。毎年10月、囃子(はやし)の音色が響く。唐津出身の大学生が暮らす学生寮「久敬社(きゅうけいしゃ)塾」。ここに、もう一つの唐津くんちがある。代々受け継がれている塾生手作りの赤獅子を、地域の祭りで住民と曳(ひ)く。

 寮の一大行事で、唐津の町々と同様、10月になると囃子の練習に精を出す。「1年の時は小さなくんち程度に思っていた」と東京農大2年の瀬戸商博さん(20)。それが2回目の今年は塾長を務め、「久敬社の一つの文化。4年で塾生が入れ替わるから『つなぐ』ことが大事」。気合を入れて臨んだ。

 ▼置き去り

 10番曳山「上杉謙信の兜」の平野町で生まれ育った。曾祖父の故・利一さんは唐津曳山(ひきやま)取締会の総取締を務めた曳山(やま)一家だ。昨年のくんちも帰省して曳いた。その時、目にした光景が深く心に刻まれた。

 宵曳山前夜、実家のそばで開かれていた囃子の最後の練習に顔を出した。笛を吹きながらふるさとを実感している傍らで、地元で就職した同級生が雑用をこなしていた。社会人が入る「謙信会」では「1年目の下っ端」だが、友人が少し大人に見えた。3日のお旅所の曳き込み前には、ほかの町の同級生が、通常とは違う曳き込み時の綱の扱い方を教わっていた。

 「頑張っている友人たちが町の一員に見えた」と瀬戸さん。小学生から高校生までは囃子方だったが、帰省して参加する大学生には特別な役割はなく、一人の曳き子に。「仕方ない」と自分に言い聞かせても、置き去りにされたようで悔しさがこみ上げた。

 ▼隙間を埋める

 こんなこともあった。同じ夜、公民館では町の人が景気付けに飲んでいた。家にいると祖父の利嗣さん(67)に誘われ、顔を出すことに。「東京から帰ってきた孫です。よろしくしてやってください」。大人の輪に初めて入り、学生生活や卒業後のことを多くの人と話した。今にして思えば、“隙間”を埋めるために、祖父が優しく背中を押してくれたようだ。

 唐津を離れて2回目のくんち。「いつまでも子どものままではいられない」と思いながら、町の人々や家族に見守られ、今年も曳山を曳く。

=連載・曳山と出会い 曳山と生きる 唐津くんち2016=

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