唐津くんちを含む33件の日本の祭り「山・鉾(ほこ)・屋台行事」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されることが決まった。佐賀県としては初めてで、世界に誇れるくんちをどう受け継いでいくか、これを機に地域の支え方も考えたい。

 日本の祭りは2009年に京都祇園祭と日立風流物(茨城県)の2件が個別に無形文化遺産に登録されている。政府はこの2件を含む33件を「山・鉾・屋台行事」という一つの遺産として登録し直す手法で、文化遺産となる地域の祭りを増やすことを選んだ。

 そういう意味では「33分の1」として選ばれたのかもしれない。ただ、それぞれが地域の思いがこもった祭りであり、「山」の形態でみれば、唐津の曳山(やま)は独特の存在感がある。14台が獅子や兜(かぶと)、鯛(たい)や亀など独創性に富んでいる。

 曳山は市内14町がそれぞれ引き継いできたものだが、わが町の誇りをつくろうとした江戸時代の町人の気概が伝わる。間近で見ると、とても色鮮やかだ。和紙を何枚も貼り合わせて造られ、最後に漆(うるし)を塗って仕上げている。

 最も古い一番曳山の赤獅子は200年近く使い続けている。28年に一度、国の補助金などを活用した「総塗り替え」で、数千万円をかけて修復する。しかし、美しさを維持するには途中で修理が必要になる。市の補助制度もあるが、町側の負担も大きく、資金面でどう支えるか、今後、議論が必要になるだろう。

 曳山という造形物だけが唐津くんちの魅力ではない。撮影した人なら分かるだろうが、曳山を美しく見せるのは、元気な曳(ひ)き子たちと、昔ながらの町並みが残る沿道の風景だ。

 少子化が進み、曳山を持つ町だけで、それぞれ300~400人の曳き子を確保するのは難しいだろう。ただ、市全体でみれば、曳き子を希望する子どもは多い。若者も意欲的で、くんちの時期には帰省する。人材の多さなら、これほど恵まれた祭りはそうない。

 難しいのは、くんちで曳山が映える町並みをどう残していくかだ。市中心部には初代唐津藩主寺沢広高が江戸時代初期に整備した町割りが残っている。しかし、ほかの地方の商店街もそうであるように空き店舗が増えている。昔ながらの町家は老朽化し、解体され、駐車場になっている。

 唐津市はこれ以上手遅れにならないようにと、曳山が通る沿道と唐津城周辺を景観まちづくり条例の対象地区にしたい考えだ。住民と意見交換を重ね、建物の色などで統一感が出るようにと新改築時のルールづくりを検討している。

 もちろん、昔の町並みを残すことを重視しすぎては今暮らす人たちの負担になるし、新しく転入しようと考えている人たちの障壁になる。住民と合意できる着地点探しが必要になる。

 美しい町並みを残すには、市民の思いに加え、外からの応援も欠かせない。今夜の宵山(よいやま)で3日間の唐津くんちが始まる。提灯(ちょうちん)明かりに照らされ、美しく光る曳山をぜひ見てほしい。そして、翌日は曳山の巡行コースを歩いて、唐津の町を散策してほしい。

 唯一無二、ほかのどこにもない唐津くんちをより多くの人が体感することで、どう守るのか、答えも見えてくるだろう。(日高勉)

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