そこは人の営みが消え、ひっそりとしていた。今年1月、寒風吹くなか訪れた宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。太平洋に面し、漁業・農業が主な生業(なりわい)の小さな街が東日本大震災の津波にのみこまれ、荒涼とした風景が広がっていた◆死者・行方不明者は800人近く。家に居た人の5人に1人が犠牲になった。住宅は基礎部分だけが残り、雑草ばかりが風に揺れている。「すっかり変わってしまってねえ」。タクシーの運転手さんの言葉が耳に残る。住民たちは怖い思いをした所に戻りたくないと考える人が多いという。昔のにぎわいは写真の中だけになった◆きょうは国連が定めた初めての「世界津波の日」。1854年11月5日に起きた安政大津波の際に、紀州(和歌山県)の村人が、収穫したばかりの汗の結晶である稲に火を付けて津波の襲来を知らせ、村民は高台に避難し助かったという「稲むらの火」の逸話に由来する。防災の重要性を認識する日である◆今、日本で最も心配されているのが南海トラフ地震による大津波だ。太平洋沿岸の自治体は避難体制の見直しなど対策に追われている。「3・11」の教訓を生かさねば◆避難路の整備、住民への周知、訓練の繰り返し…。何より大切なのは、「他人(ひと)ごと」ではなく、「自分ごと」と胸に刻むこと。これが、現代版「稲むらの火」となろう。(章)

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