蓮池節の生みの親として知られる樺島政市(蓮池公民館提供)

福正寺の樺島家の墓。政市の家族5人の名前が刻まれている=佐賀市蓮池町

 佐賀県民謡として親しまれている蓮池節。「トコトコ政市っあん」と愛称で呼ばれた樺島政市(本名・政江都、1844~1935年)は、蓮池の庄屋の息子として生まれたが、幼い時病気で失明し、長崎に治療に行った。三味線や歌舞音曲を身に付け、故郷に帰ってきた。

 明治・大正時代、糊(のり)のきいた着物に角帯、頭には、たたんだ手ぬぐいをのせ、高ぽっくりをトコトコ鳴らした。三味線を弾きながら自作自演の即興の唄を披露し、家々を回って人気を博した。

 政市作の蓮池節は、佐賀弁を生かし風刺のきいたものが多数あったが、今は7曲ぐらいしか定かでない。第1番に「蓮池の在郷辺りから/糊付け着物に小倉の帯締め/願正寺参りさす時や」があげられ、「おりきんばっちゃん/どけいくかんた」も知られている。

 「蓮池郵便局前」(佐賀市蓮池町)のバス停あたりが政市の生家で、そこから北に行くと、商業でにぎわっていた街並みの面影が今も残っている。

 この町にある福正寺の樺島家の墓には、政市の家族5人の名前が刻まれているだけ。政市がよみがえったら、今をどんなふうに唄うだろうか。

(地域リポーター・上原和恵=佐賀市)

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