一つのご縁をいただいた。先月4日付で、雑誌『暮しの手帖』の戦時下の生活特集号に、佐賀の農家の「百姓日記」が載った話題を書いたら、思いがけず、日記の主の娘さん2人から連絡をもらった◆日記をしたためた佐賀市兵庫町の田中仁吾さんの次女、古川智子さん(78)=同市=と、三女の西岡美千代さん(73)=埼玉県。古川さんは佐賀新聞の読者で、西岡さんは佐賀の幼なじみから記事が届いて知ったそうだ。一時、帰省された西岡さんともども、孫の代になった田中家で姉妹の話を聞いた◆終戦時、田中家は向かいの家に重大放送を聴きに行ったことが日記に書かれている。「ラジオは薄暗い部屋にあった。みんなシュンとなったの覚えています」と7歳だった古川さん◆仁吾さんが機銃掃射に遭い、家に駆け込んだら西岡さんがワッと泣き出すくだりも出てくる。2歳で記憶にないが、日記を雑誌に載せる前、方言の取材を兼ねて編集者が来宅したことは思い出にあるという。筆まめな仁吾さんは、1978年に80歳で亡くなるまで半世紀も日記を書き続けた◆何ものにも代え難い置き土産。「大変な時代だったのに、文章に思いやりがある。生活感と人情がそのまま」と2人は感謝の言葉を口にする。日記が絆の核となっている様子に、仁吾さんも目を細めておられるだろう。(章)

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