原発が「トイレなきマンション」と呼ばれるようになったのはいつの頃からだろうか。初出かどうかは分からないが、佐賀新聞では1996年7月、原発建設の是非を問う新潟県巻町の住民投票に関する記事の中に出てくる。

 茨城県東海村の東海発電所が日本初の商業運転を始めてから30年。玄海1号機は稼働20年を超えた頃だ。電源構成に占める原子力の割合が3割を超える一方、使用済み核燃料の処理方法は未確立のままで、徐々に現実的問題として認識されてきたのだろう。

 以来、20年たつが、使用済み核燃料をめぐる状況は変わらない。

 政府は使用済み核燃料を再処理し、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料に加工して再利用する政策を掲げる。いわゆる「核燃料サイクル」である。

 しかし中核を担うはずの高速増殖炉「もんじゅ」(福井県)は廃炉前提の抜本見直しとなった。青森県六ケ所村の再処理工場も本格稼働の見通しが立たない。

 そうした状況の中で玄海原発3、4号機は再稼働に向けて大きく踏み出した。原子力規制委員会は9日、新規制基準に適合しているとして審査書案を承認した。

 九州電力にとって待望の報だ。ただ一昨日の本欄が指摘していたように、避難計画をはじめ課題は多々残る。そしてその先には使用済み核燃料の問題が横たわる。

 現在、使用済み核燃料は各原発内の貯蔵プールに保管されている。全国の貯蔵量は容量の70%を超え、玄海原発は80%に達する。3、4号機が再稼働すれば4、5年で満杯になる見込みだ。

 早晩、予想されたことで、電力各社は再稼働を目指す傍ら、リスクが少ないとされる乾式貯蔵への転換や原発敷地外の中間貯蔵施設の整備促進を打ち出す。

 玄海原発に近接する唐津市鎮西町串地区の住民が誘致の手を挙げたのが、その中間貯蔵施設だ。

 中間貯蔵は「廃棄物が生成してから処分されるまでの間における暫定的貯蔵」(原子力辞典)とされるが、行き場がない現状では長期貯蔵、固定化も危惧される。

 串地区住民は総意ではないとして程なく取り下げたが、背景には玄海町との「受益」の格差に対する複雑な心情があり、耕作放棄地が増える地域への危機感がある。誘致の“種火”は残ったままだ。

 振り返ってみれば、この国の原子力政策は地域振興策を見せつけつつ、課題は後回しにして推進されてきた。高レベル放射性廃棄物の最終処分しかり、廃炉をめぐる費用分担しかりである。

 玄海原発再稼働をめぐる論議は最後の関門となる「地元合意」に向け、規制委員会から地元に舞台が移る。課題先送りの旧体質と決別するためにも、原子力政策全体に目を向けたい。(吉木正彦)

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