長崎原爆の語り部、前県被団協会長・吉冨安美さん死去 87歳

 長崎で原爆に被爆し、語り部として反核平和を訴えてきた前佐賀県原爆被害者団体協議会会長の吉冨安美(よしどみ・やすみ)さんが11日午後3時42分、前立腺がんのため伊万里市内の病院で死去した。87歳。自宅は西松浦郡有田町大木宿乙808。葬儀は13日午後1時半から、大木宿のJA斎場有田で。喪主は妻の満佐子(まさこ)さん。

 伊万里商業学校(現伊万里商高)の生徒だった1945年8月9日、学徒動員先の長崎市三菱兵器製作所大橋工場で被爆した。爆心地から1キロ余りの場所で、同級生13人が即死し、自身も後遺症に苦しんだ。

 戦後は被爆者運動に取り組み、89年から2015年3月まで県被団協会長を務めた。被爆体験の風化に危機感を抱き、一昨年に体調を崩した後も、県内の学校などで被爆の実相を伝え続けた。

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