◆まずは「捨てる」こと

 うつ状態に陥った知人宅を訪問した。その居間には、無数の積み上げられた本で埋まっていた。「そうだ!」と思った。「捨てきれない」。本でも、プライドでも、あるものすべて、捨てることができないことが、うつの回復にとって災いしている。

 大学の職場巡視(見回り)でもそうだった。部屋に入りきれない本を廊下に約100箱積み上げていた教授がいたことをふと思い出した。捨てることは難しいんだなあ、と気づいた。

 誰しも過去に負の遺産(思い出)を背負って、現在を生きている。失った人、高すぎた理想、プライドなど、そう簡単に捨てることができない。しかし、それを一度捨ててしまえば、本当に楽になる。うつ病で長年苦しんでいた方が、1年以上一度も開いたことがない本、すべてを処分して、気分が楽になり、うつ病が寛解状態(生活に支障がなく、普段の生活が送れるレベルまでの回復)に至った例は結構多い。

 プライドや理想は捨てることが難しいが、目の前にある本や衣服、家具、陶器などはいつでも捨てることができる。捨ててしまうと、部屋は片付き、きれいになり、気分も楽になる。どうして、私たちは貧乏くさく、なんでもとっておくのだろうか? ある教授がこう答えた。「その本は数年後に、もう一度読むかもしれないので、捨てられません。とっておかないと」果たしてそうだろうか? ある調査によれば、1年間一度も開かなかった本はもう二度と開くことはないらしい。

 私は思い切って、300冊の本をNPO法人犯罪被害者支援団体ボイスの「ホンデリング」に寄贈した。ボイスも家族も喜んだ。自分の気持ちもすっきりして、今までに経験したことがない爽快感を覚えた。

 おそらく数年後には、確実に私はただの老人になる。これまで築き上げたプライドも名誉も肩書もなく、誰も振り向かない人になる。そうなる前に、少しずつ自分にとって不用なものを捨てていく準備が人生の中で重要なのだろう。再び、ひどいうつを経験しないためにも。(佐賀大学保健管理センター長 佐藤武)

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