唐津くんちの曳山を描いた彩墨画。流れるような線と構成が印象的だ

雷神風神を描いた作品と女将の大河内はるみさん=唐津市東唐津の旅館洋々閣本館2階

魚雲龍こと大浦正江さん

◆産科医の傍ら絵画、陶芸

 唐津市東唐津の老舗旅館「洋々閣」に小さなギャラリー「魚雲龍画廊」ができた。魚雲龍とは旅館近くで医院を開いていた大浦正江(まさえ)さん(1903~86年)。産婦人科医の傍ら、若き頃からの芸術への情熱を抱き続け、現役引退後は絵画と陶芸三昧(ざんまい)の日々を送った。

 洋々閣玄関に掲げられた唐津くんち曳山(やま)の彩墨画。自由闊達(かったつ)な線と構成力に目を見張るが、曳山は12台。なぜか2台足りない。美大で油絵を学んだ孫の大浦こころさん(56)は「気持ちのまま筆を走らせ、(曳山を)全部入れるつもりが、入らなかった。そんな感じで、祖父らしい」と笑う。

 大浦さんは九州大医学部卒業後、大浦医院の婿養子に。医師として地域の人から慕われつつ「子どもの頃から絵が好きだったけど、その道に進めなかったという思いがずっとあったようです」と長男の妻の和子さん(84)。そばにはいつもスケッチブックがあった。

 長男に医院を譲ってから創作に専念し、まき窯も手作りで築窯。一水会や独立展に出品した。その頃のことを友人(大島茂さん)は雑誌『銀花』85年冬号に「湧きおこる酷烈な精神を核にしつつも、淡やかな情感のおもむくままに、日々、作陶、作画の生活を送ってきた」とつづった。

 作品には小仏を描いた彩墨画や焼き物も多い。大浦さんは終戦の2カ月前、13歳の次男を勤労奉仕作業中の土砂崩れで亡くした。歌人だった妻芳子さんとともに、芸術によって心の隙間を埋めたのかもしれない。

 親交があった洋々閣女将の大河内はるみさん(72)は旅館2階廊下の改装を機に、収集した約15点を展示した。「(大浦さんを)もう知らない人が多くなったが、作品から生き方、芸術への思いを感じてほしい」と話し、和子さん、こころさんも「家族の元には多くの作品が残っているが、広く見てもらうのはうれしい」と喜ぶ。

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