娘の岩崎真知子さんや妻チエ子さんの遺影を見つめる澄雄さん=武雄市山内町の自宅

 「事件はなかったことになり、娘は殺され損ではないか」。控訴審打ち切りから11カ月。殺害された岩崎真知子さんの父親の澄雄さん(76)=武雄市山内町=は、男性被告の無期懲役判決が確定しなかったことにやるせない思いを抱く。

 事件発生から19年。1998年、一審の佐賀地裁で始まった公判で被告は罪を認めたものの、謝罪の言葉は一切なく、「死刑になってもいい」などと、遺族の気持ちを逆なでする発言を繰り返した。裁判の傍聴は苦痛だったが、澄雄さんは、娘の命を奪った被告の断罪を信じて毎回欠かさなかった。裁判長は、強盗などを伴わない単独の殺人事件では異例の無期懲役の判決を言い渡した。

 控訴後に身柄が福岡拘置所に移ってから2日後、被告は自殺を図り、意識を取り戻さなかった。法律上は被告が控訴を取り下げない限り、裁判を終わらせるすべはない。そのまま控訴審の公判は1回も開かれず、歳月だけが流れた。「判決は罪を償わせる証しで、遺族の大切なよりどころ。なぜ確定させないんだ」。澄雄さんは早期決着を求めて法務大臣宛てに手紙を送ったが、返事はなかった。

 事件後、ずっと支え合ってきた妻チエ子さんは、娘の無念を晴らせないまま2010年末、77歳で他界した。公訴棄却の連絡を受けたのは今年1月。怒り、悲しみ、諦め…。澄雄さんは「言葉にならない思いがこみ上げ、受け止められなかった」という。

 真知子さんの誕生日の11月9日、毎年そうしてきたようにケーキを仏壇に供えた。26日は命日。自宅の玄関先にあるサザンカは遺体が戻ってきた時に咲いていて、赤い花びらを見るたびに当時の記憶が呼び覚まされる。「事件だけでなく法の不備にも苦しめられた。私と同じような被害者を二度と生み出さないでほしい」。娘と妻の遺影を前に声を震わせた。

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