先月訪れたキューバは不思議な国だった。けっして豊かではない国なのに、街も人もどこか自由で開放的で明るい。何より革命を成し遂げたフィデル・カストロ氏の銅像一つ街中にない◆革命闘争をともにしたアルゼンチン人のチェ・ゲバラが壁画になっているのと対照的だ。フィデル氏は偶像崇拝を極端に嫌い、演説で「プエブロ(民衆)」という言葉をよく口にし、人民の力こそが社会を変えるという強い信念を持っていた。その希有(けう)な指導者が逝った◆「平等主義」をうたった革命思想の萌芽(ほうが)は、生い立ちに見てとれる。父は地主で、自宅には使用人のハイチ人らが暮らすみすぼらしい小屋があったという。人格形成上、最も影響を受けたのは「生まれた土地に最貧層の人々が暮らしていたことだ」と生前に語っている◆清廉で無私の精神こそが、権力の腐敗を防いだといわれる。その信頼感が人々を安心させ、明るくしているのだろう。革命後、教育と医療を無料化するなど、どの国もまねのできない路線を敷いた◆昨年、長く敵対してきた米国と国交を回復し、取り巻く環境が変化する中での死去である。革命を知らない世代はもう人口の7割以上。経済改革で少しずつ格差が広がり、いま岐路に立つ。カリスマは去ったが、人に手厚い国の理想は人々の心に生き続けると信じたい。(章)

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