私が小学校の頃(昭和40年すぎ)、近くの医院ではお年寄りが毎日のように集まり、畳の部屋で1日、世間話を語りながら、楽しく昼ごはんを食べ、看護師さんから血圧を測ってもらったりしていた。のどかな風景だった。おそらく、その医院は近所のご老人の「癒しの場」だったのだろう。

 一方、私がニュージーランド留学中に学んだ最大の政府の失策は、昭和62年(1987年)に郵便局の大幅な閉鎖(900カ所から300カ所へ)を行ったこと。同時に郵便局の職員数を1万2千人から7500人に削減し、パートタイム、契約社員、一時的な雇用に変更した。すなわち、ニュージーランド・ポストの大幅な構造改革である。その間に、失業者を増やし、自殺者を大幅に増やしてしまった。オークランド大学法学部教授のケルシー教授はポスタルサービスを民営化すべきではなかったと結論づけていた。その理由として、郵便局は、お年寄りや子供たちが集まる「癒しの場」としての機能をもち、それを3分の1に減らすことで、癒される社会の交流の場が失われた可能性が高いとした。

 今の日本、癒される場は一体どこなのだろうか。家庭、職場、学校(退職された方々は、公民館・集会所・文化センターなど)多くの場所がありますが、聞くところによると、最近、大衆浴場や弁当持参の上、スポーツジムに朝から夕方まで通所されている方も結構多いそうだ。スポーツを楽しめるほどの体力がある方にとっては好都合であるが、体力や気力が低下した方はどうやって時間をすごしたらよいか。そこでは、ご老人のためのデイケアが大きな役割を演じている。その援助をしてくれる若者がこれから増えることを期待したいが、介護が苦手な若者も多い。もしかすると、私が高齢者になる頃、若い東南アジアの若者が日本で介護学を学び、私たちを支えてくれる時代が訪れるのかもしれない。(佐賀大学院教授・産業医・精神保健指定医 佐藤武)

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