企業や行政機関の不正を告発・通報した人が不利益な処遇や報復を受けることから守る公益通報者保護制度。2006年4月の制度開始から10年が過ぎたが、違反しても企業側に罰則規定がなく、順守されていないとの批判があり、消費者庁の有識者検討会が見直しを続けている。

 年内にもまとめる最終報告書では、通報を理由に不利益な扱いをした企業には行政機関が是正を勧告し、改善措置が取られないときは企業名を公表するという新たな制度の導入を促す。勧告・公表が実現すれば通報者保護は一歩前進するだろう。

 しかし、通報が組織への「裏切り」とみなされ、往々にして反省よりも「犯人捜し」や「報復」が横行する企業風土の改善も同時に進めないと画餅(がべい)にとどまろう。不正を隠すより、公表して改善に向けて努力する姿勢を示すことが被害を最小限にとどめる。そして、告発した人は「裏切り者」ではなく「功労者」でさえあるという考え方を社会に浸透させたい。

 現行の公益通報者保護制度は保護の対象を現役の労働者に限り、不正を発見したときの通報先としてまず、勤め先を挙げる。行政機関にも通報できるが、その際は「(不正が)まさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由」が必要になり、相手が報道機関や市民団体となると、さらに「証拠隠滅の恐れ」といった要件が加わる。

 企業の自浄力に期待したといわれる。しかし実際には社内で通報を握りつぶされ、報復人事に遭うケースが多く、しかも企業には何のペナルティーもないことから「企業のための制度か」という批判の声まであった。

 内部告発者を待ち受けている現実は過酷だ。富山の運輸会社社員は業界の運賃水増しを告発したところ1人部屋に隔離され、その後27年間、まともな仕事がないまま定年退職した。東京の精密機器メーカーでは、上司の不正を社内の相談窓口に通報した社員が長年担当した営業から外され、配置転換を繰り返された。

 2人とも損害賠償などを求め提訴。何年もかけ会社側の非を認める判決を得たが、失ったものはあまりにも大きい。こうした人たちが強く求めたのは、企業を刑事罰に処する制度の導入だった。検討会でも議論されたが、刑事罰は最後の手段という「刑法の謙抑性」を踏まえた消極意見が相次ぎ、見直し案には盛り込まれなかった。

 新たな制度をつくるのは簡単ではない。関係省庁は保護に値する通報か、本当に不当な扱いかどうかを判断するのに詳細な調査をしなければならず、そのための人員も予算も必要だ。企業から「報復人事など不当な扱いはないのに、処分によってダメージを受けた」と提訴されることも想定し、十分な体制で臨まなければならない。

 それでも、この制度があることで不正が白日の下にさらされるのであれば、それは国民全体の利益につながる。警察庁長官や内閣官房長官を歴任した切れ者で「カミソリ」の異名を持つ後藤田正晴氏の「後藤田五訓」の一つに、「悪い、本当の事実を報告せよ」がある。危機管理の本質を突いた言葉だ。勇気ある通報を生かす社会でありたい。(森本貴彦)

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