「技法を変えた100枚の5寸皿に挑戦したことは勉強になった」と語る岩永純則さん=有田町黒川の岩永錦付工房

「崖上」と題した作品を持つ岩永純則さん。「生徒に教えるためにも勉強は欠かせない」と話す

■「筆勢」重視、絵に生命力

 柿右衛門様式や色鍋島、青一色で描いた唐草文様…。2年ほど前に有田焼のさまざまな技法を駆使し、5寸皿100枚を仕上げた。

 「空いた時間に少しずつ描いた。有田焼の歴史に触れる楽しさがあった」。有田町黒川の住宅街の一角。明るい日差しが差し込む作業場で、岩永純則さん(63)は、当時のことを思い起こした。

 作業は東京に借りたアパートで進めた。近所の先輩絵付け師から、10年ほど前に教室を受け継いだ。東京と大阪に約100人の生徒がおり、毎月5日間は東京で、2日間は大阪で上絵付けと下絵付けを指導する。「熱心な人が多くてやりがいがある。レベルが高い人もいるよ」と、熱っぽく語る。

 100枚の皿も生徒に見せるために描いた。「好きな絵柄は人それぞれ。多様な有田焼の世界を知ってもらいたかった」。有田焼の魅力を紹介することで、ファン層も広がると考えている。

 さまざまな技法に挑戦したことは、自らの技術を見つめ直すきっかけになった。佐賀県立九州陶磁文化館の柴田夫妻コレクションなどを参考にする中で、改めて「筆勢」の大切さを感じた。「細かな文様は根気があればできる。だけど、生きた線にするには勢いが必要」。明治以前の作品を丹念に見て、筆の運びを研究する。描くときは「頭の中で構図を決めて一気にやらないと、筆に迷いが生じる」と力を込める。

 「昔の絵描きは日本画の師匠についたり、お茶を習ったりしていた。今はそこまでやる人は少なくなった」と感じる。東京や大阪では時間を見つけて美術館を巡る。作業場にはさまざまな画集や目録とともに、評論集や詩集などが積まれる。「自分で気をつけて世界を広げないと、力はつかない。都会のファッションを見ることだって勉強になる」と語る。

 次の目標は「海を描くこと」。有田焼の世界に波の文様はいくつかあるが、海そのものを描いた作品はほとんどない。5寸皿100枚を仕上げたころから、江戸中期の画家円山応挙や安土桃山期を代表する絵師長谷川等伯の絵の模写を続け、構想を練っている。「微妙な色の変化や波の動きを焼き物で表現したい」。来年中に個展を開くことを目指している。

=略歴=いわなが・すみのり

 1953年有田町黒川生まれ。伊万里高卒業後、東京の印刷会社勤務を経て、76年に帰郷。窯元に入社後、88年に独立。岩永錦付工房を開く。2001年伝統工芸士(上絵付け)認定。03年一級技能士。工房=有田町黒川丙642、電話0955(46)3159。

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