佐賀学園・峰下智弘(2010年)

唐津商・北方悠誠(2011年)

有田工・古川侑利(2013年)

 夏の甲子園で佐賀北が全国制覇した2007年以降、県代表の初戦の戦績は3勝7敗。勝利を挙げたのは佐賀学園・峰下智弘(10年)、唐津商・北方悠誠(11年)、有田工・古川侑利(13年)と記憶に残るエースを擁した時に限られる。ここ4年は初戦敗退で全国1勝から遠ざかっている。

 全国で勝つために何が必要なのか。佐賀学園を6度夏の甲子園に導き、3度16強入りした前監督の巨瀬博さん(69)は、チーム力を最大限に高めるための選手育成や起用法の必要性を強調する。

 10年の躍進の原動力となった峰下は1年夏、遊撃手で試合に出場。現役時代投手だった巨瀬さんは、一塁に送球する際の球筋の良さに着目した。「スピードよりもコントロール。天性の制球力があった」。投手に転向した峰下は急成長を遂げ、緩急自在の投球で甲子園2勝を挙げた。

 11年の唐津商には150キロ超の速球と切れ味鋭い変化球を持つ大黒柱・北方の存在があった。吉原彰宏監督(現・伊万里)は「失点は3点以内と計算できた。狙って三振を奪えることも大きかった」と振り返る。外野まで飛ぶ確率は低く、本塁封殺の精度を高めるなど、守備を鍛え抜く上でやるべき基準が明確になったという。

 創部114年目で甲子園に初出場した13年の有田工。140キロ超の直球を持つ古川に加え、地元の野球塾で力を磨いた選手たちが躍動した。「確かに古川の存在は大きかったが、自主性が高く、しっかり判断できる選手がそろっていた」と植松幸嗣監督(現・塩田工・嬉野)。佐賀大会全5試合はいずれも1点差の勝利。夢舞台が開幕試合でも物おじすることなく、持ち味の粘り強さを発揮して初勝利を飾った。

 近年、将来を有望視される中学生が県外の強豪私学を選ぶケースが目立ち、甲子園での苦戦の一因とみる向きもある。峰下、北方、古川はいずれも地元の高校を選んで甲子園に出場。プロ野球・楽天入りした古川が5年目で初勝利を挙げるなど実績を残していることを思えば、佐賀が出発点でも夢はかなえられる。

 「素質に恵まれた選手を県内にとどめ、県全体でレベルを上げていくためには、指導者自らが学び、選手とともに成長していかなければならない」と巨瀬さんは訴える。

 メモ

 夏の甲子園の初戦の戦績は都道府県で大きな開きがある。この10年をみると、トップは大阪で10勝0敗。このうち3度は大阪桐蔭が全国制覇を果たしている。2位は青森、東東京、神奈川など1都7県の8勝2敗。最下位は京都、鳥取、山口、香川の2勝8敗となっている。

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