旧優生保護法の下で障害などを理由に不妊手術を強制されたとする人たちが次々と声を上げている。宮城県の60代女性が1月末、初めて国に賠償を求める訴訟を仙台地裁に起こしたのに続き、5月には70代の男女3人が札幌、仙台、東京の各地裁に一斉提訴。さらに北海道や熊本県で提訴の準備が進められ、全国被害弁護団も結成された。

 裁判で国の責任を問う動きは広がっていくだろう。しかし1948年に制定された旧法から強制不妊手術などの差別的な条文が96年に削除されるまで約2万5千人に施され、うち1万6500人近くは強制だったとされる手術に関する都道府県の資料はその多くが廃棄されてしまっている。

 手術を裏付ける公的な記録をそろえることができる人は少ない。手術痕や近親者の証言などを支えとする提訴もある。提訴に至っても、必要な救済措置などを取らなかった国の「不作為」を立証しなければならない。条文の削除から20年以上が経過し、民法上の損害賠償請求権が20年で失われる「除斥期間」というハードルも待ち受ける。

 国側は「当時は合法だった」と争う構えを崩しておらず、長期化も懸念される。だが当事者らは高齢で、救済は時間との闘いになる。被害の実態調査や議員立法による救済法案の提出など法廷外の解決に向けた取り組みを加速させるべきだ。

 厚生労働省は3月、都道府県と保健所を設置している市、東京23区に手術を受けた人の特定につながる可能性がある資料の保全を要請。4月には調査範囲を全市町村にまで広げ、医療機関や障害者施設も対象に含める方針を打ち出した。被害の掘り起こしを求める声が高まる中、自民、公明両党が救済策検討のために設けた合同ワーキングチームからの要請に応じた。

 旧法は遺伝性疾患や知的障害、ハンセン病などの遺伝防止を目的に不妊手術や人工妊娠中絶を認め、不妊手術について本人や家族の同意がなくても、医師の診断と都道府県の優生保護委員会による審査を経て行う手続きを定めていた。だが共同通信のまとめでは、全国で個人名記載の資料により確認できるのは3900人余りにすぎない。

 宮城県は公的な記録に名前がなくても、手術痕や本人の証言などを基に手術を認定するとしている。こうした枠組みの整備を急ぐ必要がある。

 さらに法廷では、国の不作為と除斥期間が焦点となる。宮城県60代女性の訴訟で、原告側は96年の条文削除後も国や国会は救済法を整備せず、不作為に当たると主張。2004年に当時の厚労相が「法律がこれではいけないと廃止され、重く受け止めている」と答弁したが、具体的な措置は取られないまま違法状態が続いており、除斥期間は適用されないとする。

 ただ問題となる時期の医学的な知見や被害実態が争点となり、国側が反論する余地はあるとみられる。とはいえ、国が「不良な子孫の出生防止」の旗を振り、自治体が競い合って手術の実績を積み上げ、多くの人から子を産み育てる権利を奪った事実はさまざまな資料で裏付けられている。

 ハンセン病患者の隔離政策を巡っては01年の熊本地裁判決をきっかけに当時の小泉純一郎首相の政治決断で救済への道が開かれた。それから遅れること17年、政治は再び行動を迫られている。(共同通信・堤秀司)

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