平和を取り戻した街々。中心街の公園ではブロック板を盤代わりに市民がチェスに興じていた=サラエボ

「現代版ロミオとジュリエット」と語り継がれる2人が銃弾に倒れた現場。後方のマンションの壁に銃痕が残る=サラエボ・ブルバニャ橋

 1月下旬、唐津市の佐志小。ボスニア・ヘルツェゴビナで起きた出来事を語る伊藤登志子さん(73)の授業が終わると、6年生の女子数人が駆け寄ってきた。「サラエボの『ロミオとジュリエット』の話を教えてください」。「あら、あなたたち、知ってるの」。短い“補講”が始まった。

 セルビア人の男性とムスリムの女性。平和な時代、16歳で出会った2人が民族が敵対し合う内戦の渦に巻き込まれ、一緒にサラエボから脱出しようとして、スナイパーに狙撃された実話だ。

 狙撃現場は中心市街から少し離れたブルバニャ橋の上。高層ビルから狙ったのだろうか、今も絶えない白い供花の後方、マンションの壁にいくつもの銃痕が残る。

 2人の死は「現代版ロミオとジュリエット」として映画や歌にもなった。思春期の女の子には悲劇ゆえのロマンと映るのかもしれない。でも「まず知ることが大切。そこから大きな世界が見えてくる」と伊藤さん。取り囲む女子児童たちに戦争の悲話を語った。

 大志小とサラエボの子どもたちの交流が取り持った「KIMONOプロジェクト」は、佐志小の旧6年生が原案作成に関わった。きっと印象深かったのだろう。児童の多くが国旗を原案に描いた。

 国旗の黄色の三角形は国土の形と、3民族の融和と協調、そして未来への希望を表す。EUの旗を思い起こす青地に星のデザインは、独立までのEUからの支援への感謝と国々との友好を示す。

 この国旗が初めて披露されたのは、1998年の長野冬季五輪開幕式だった。内戦終結から3年目。民族間の確執が残る中、デザインは難航し、決定したのは開幕3日前。航空機の機長預かりで日本に届けられた。

 以後、新生ボスニア・ヘルツェゴビナとして夏季、冬季10回の五輪に参加してきた。前回リオ五輪の選手団は陸上など11人、平昌五輪は4人。五輪は大国のメダル獲得数に目が向きがちだが、世界には多様な歴史と文化を持つ小国、厳しい現実と向き合う国があることを知る機会となる。

 サラエボの外務省。訪問団と懇談したシャホビッチ外務次官は別れ際、こう語った。「リコンストラクト(復興、再建)に向けて、我々のことを知ってほしいし、日本のことも、もっと知りたい」。そして「(着物の)デザインが出来上がったら送ってくれ」と。

 ■国家体制 ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とセルビア人共和国(スルプスカ共和国)の2国家連合体として成り立つ。人口350万人。両国代表で幹部会を構成し政権を担い、国家元首は3民族の代表が8カ月交替で大統領評議会議長を務める。民族的な対立感情は残るものの、共通の国家目標としてEU加盟を掲げ、前提条件となる民族対立の克服と政治経済の安定を優先させる。 

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