今年も残り少ない。振り返れば五輪イヤーだった。日本選手の活躍が勇気をくれたが、金メダリストの元祖は陸上の織田幹雄である。1928年アムステルダム五輪の三段跳びで、アジア人初の「金」をとった。きょうは18回目の命日◆織田は戦後も各地で競技の指導に力を尽くした陸上育ての親だ。佐賀にも縁がある。1948(昭和23)年3月、武雄市での五輪強化選手の合宿でヘッドコーチを務めている◆戦時中に旧満州(中国東北部)から女子留学生を受け入れた同市の如蘭塾(じょらんじゅく)には、生徒用のグラウンドがあった。今は武雄競輪場になっている所である。全国には400メートルトラックはまだ少なく、温泉もあることから合宿地に決まったようだ◆「気負う陸の精鋭ら」「成果あぐ猛訓の十日間」-。当時の佐賀新聞にはそんな見出しが躍る。「俗塵(ぞくじん)をはなれた御船山麓の景勝の地。練習の汗は、いで湯で落としてサッパリできるという地の利に気負いたった」などと合宿の様子を伝えている。第一線にまじり、佐賀の選手も参加した◆合宿後に織田は、「4年後のヘルシンキ五輪までには相当の成果が期待できる」と評している。あれから70年近くがたち、リオ五輪男子400メートルリレーで銀メダルを獲得するなど日本陸上は輝きを見せている。泉下の恩人も顔をほころばせているだろう。(章)

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