大井手井堰と長井手橋

 春闌(た)けた3月末、国道202号を有田町から、境を越えて伊万里市二里町に入りました。有田川も伊万里湾に注ぐ辺りに近づき、幅を広げています。その東の岸辺約1キロに、薄紅色の花がすみが続いていました。

 長井手橋から中里橋を経て、金武橋まで続く、国道に歩道がなかった私の二里小学校生のころの通学路です。この桜並木は、1883年ごろから、吉野、作井手、金武の三つの行政区の住民によって植栽されました。

 並木の南端、かなたに望む長井手橋手前の大井手井堰(いせき)は、400年もの間に何回も改築が重ねらてきました。最初の井堰は江戸初期の治水家、成富兵庫成安の縄張りによるものです。灌漑(かんがい)用施設であると同時に、洪水時の濁流を緩和し、生活用水を供給する治水の役割を果してきました。

 北端、金武橋の東岸には旧国鉄松浦線から第3セクターに転換して30周年の松浦鉄道金武駅があります。1960年、区民総出の労働奉仕によって落成したそうで、小学校入学のころまで、蒸気機関車が走っていた記憶があります。

 花吹雪が舞っています。並木のもとに毛氈(もうせん)を敷いて、花見に興じる方々を見ていると、過ぎていった歳月が、改めて胸に迫りました。

(地域リポーター・中村智子=伊万里市)

このエントリーをはてなブックマークに追加