(右から届け出順)伊万里市長選挙・塚部芳和氏、深浦弘信氏、井関新氏

 8日に告示された伊万里市長選は、現職と新人の3氏が論戦を繰り広げている。どのような思いで選挙に臨んでいるのか。候補者の横顔を紹介する。=上から届け出順

 

川柳を詠んで気分転換 塚部芳和氏(68)

 本紙読者文芸欄の川柳の常連投稿者。これまで150句以上が掲載されている。自身が発案した「甲子園プロジェクト」が実を結び、母校の伊万里高にセンバツ出場の吉報が届いた際には、〈甲子園一足早い春便り〉と詠んで入選した。

 川柳を始めたのは8年前、「気分転換になる」と勧められてやってみると、物事を見る目が広がった。以来、移動時間などに創作し、ひらめくとスマホにメモしている。

 52歳で初当選して4期16年、守り続けたことがある。どんな小さな行事や会合にも、呼ばれたら顔を出した。「政治家は、地域の生の声を聞くことが大事」。市職員からの転身を後押ししてくれた元県議有浦慥綱(さだつな)氏(故人)の教えだった。

 好きな政治家は小泉純一郎元首相。「信念を貫く姿勢と裏表がないところが自分と少し重なるかな」。玄海原発の再稼働に対しては、経済界などから苦口が聞こえてきても、反対を貫いた。

 目指す5期目を「塚部市政の総仕上げ」と位置付ける。〈うぐいすが火花を散らす選挙戦〉(一席)を制し、もう一つ、春の便りを手にするつもりだ。妻と愛犬2匹と暮らす。立花町。

 

気ままな夫婦旅が好き 深浦弘信氏(62)

 「伊万里に新しい風を」のキャッチフレーズを掲げ出馬表明して4カ月。学校や福祉施設など暮らしの現場に足を運び、市職員時代には気付かなかった課題を目の当たりにした。地域の声を聞くことがいかに大切か、日々実感している。

 九州大から大手企業の内定を辞退して市役所に入った。4人兄弟の末っ子で地元に戻る必要もなかったが、ふるさとのために働きたかった。「民間に就職した友人と比べて給与の低さに驚いたけれど、後悔はなかった」

 入庁数年後、来たるべき高度情報化社会への対応という特命を受け、情報化事業の専任職員となった。30年前には有志でタウン情報誌を創刊。当時の仲間が今回の選挙を支えてくれる。

 自身の性格を真面目と分析する。「役所の時は大胆にやってるつもりだったが、外に出てみるとやっぱり、真面目な方でしたね」

 妻の茂子さん(61)とは職場結婚。ともに両親を早く亡くし、二人三脚で家事育児をこなしてきた。選挙中は3人の子が東京や福岡から駆け付け、一緒に戦う。「私の場合、一番の力は家族ですから」。趣味は妻との海外旅行。気ままな旅を好む。立花町。

 

楽天家30の職業を経験 井関新氏(62)

 高校の時、すてきなポスターに出合った。カモメが空を飛ぶ写真に短い英文が添えてある。「幸せとは、どれだけ多く持つかではなく、多く楽しむこと」。その後の生き方の指針となった。

 同志社大を卒業後も京都にとどまり、3年前に帰郷するまで約30の職業を経験した。喫茶店のマスター、工場作業員、タクシー運転手…。根が楽観的で体力には自信があり、好奇心の赴くままに何でもやった。

 そんな自由人を政治へと突き動かしたのは、ふるさとへの思いだった。盆正月に帰省するたび、活気を失っていく中心街を見て胸が痛んだ。残りの人生を考えたとき、身の程は分かっていても「自分がなんとかしたい」と出馬を決意した。

 掲げるのは、人が主役の楽しいまちづくり。具体的には大学誘致、オーケストラの創設、難民の受け入れに取り組みたいという。実現には高いハードルがあるが、「道なき道を歩むのは最も得意」と自負する。

 趣味は民族舞踊。「踊りは1人で踊るより、みんなで踊った方が楽しい」。一緒に伊万里の未来をつくろうと呼び掛け、共感の輪を広げたいと思っている。母と2人暮らし。松島町。

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