町屋造りは間口が広いのが特徴で、左端に玄関を設けている

 蓮池は嘉永16(1639)年、佐賀藩初代藩主の鍋島勝茂が、その子の鍋島直澄に分封して佐賀蓮池支藩5万3000石が成立しました。城下町が城郭防衛を第一につくられたことは、よく知られています。まず、城跡に御館をつくり、城跡を中心に幾層にも武家住宅や町屋などが取り囲む城下町が完成しました。

 御館の外側には、本町、城原町、神埼町、魚町などを配し、これらの町には佐賀城下と同様、武家身分の者も居を構えていました。

 武田家の建物は、大正初期に建てられたと伝えられ、構造は桟瓦ぶき白壁造りで、間口およそ8間でかなり大きく、屋根付きの玄関を設けています。間取りは主な部屋として、座敷12畳、仏間6畳2部屋、茶の間と台所が12畳、それに納戸を設けています。武田家は往事から最近まで薬局を営み、道路に面したところを店として利用し、居住は店と境にガラス戸を設けていました。

 かつては蓮池中心部には白壁土蔵の家並みが見られましたが、ごく一部を残し、消滅しつつあります。この武田家は保存状態では良好で、貴重な歴史遺産を提供してくれます。

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