前途ある多くの若者を狂気に走らせたオウム真理教事件。この凶悪犯罪を巡る一連の裁判がすべて終結したが、今、20数年前のことを思い出している◆それは、編集局にかかってきた一本の電話だった。「息子が山梨のオウムの施設にいると思うのですが、連絡が取れない。施設に電話をしても、お布施を出せと言われるだけで…。何とかならないだろうか」◆山梨県・上九一色村(当時)の教団施設への強制捜査が入ったのは1995年3月22日のこと。母親からの電話はその1年ほど前で、まだ世間では、何やら怪しげな集団が―程度の関心しかなかったころである。消息を絶った青年は当時、医学部の学生だった◆医者になるため勉強の日々。だがある日、友人の薦めで教団の研修会に参加して一変した。「世の中にはすごい人がいる。僕もあの人たちのようになりたい」。それが宗教とは程遠い、まさかテロ集団だったとは。マインドコントロールに陥ろうとする若者には抗あらがうことの難しい魔の手であろう。青年は教団にのめり込み、そして黙っていなくなった◆裁判が終結し法務省は、死刑囚13人のうち7人を東京拘置所から別の5カ所に移送。死刑執行へのカウントダウンとみる人もいるようだが、裁判は終わっても何も終わらない人たちがいる。教団との出会いさえなければ…。(賢)

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