天皇皇后の写真や教育勅語を納めた奉安殿を見学する参加者=唐津市北波多の芳谷炭坑跡

 明治期に県内最大の採炭量を誇った芳谷炭坑を巡る探訪会が7日、唐津市北波多であった。炭坑口など遺構を歩き、明治の時代に思いをはせた。

 探訪会には約40人が参加し、地元ガイドが案内した。従業員の子どもが通った炭坑立の芳谷小学校跡地では、天皇と皇后の写真と教育勅語を納めた奉安殿を見学。「戦後に廃止が進められた中、現存しているのは珍しい。廃校後は納骨堂として使われていた時期もあった」と説明した。事故死者を悼む石碑なども見た。

 日本の近代化を支えた炭坑と偉人の存在を知ってもらおうと、地域住民らでつくる「北波多の自然と歴史を守る会」が主催した。中高生のころ、炭坑近くを歩いていたという相知町の藤本隆さん(81)は「芳谷に住んでいた祖父から学校があったことは聞いていた。実際に見ると感慨深い」と話した。

 炭坑は、建機メーカー「コマツ」や唐津鐵工所てっこうしょの創業者である竹内明太郎(1860-1928年)が経営。採炭の機械化を進め、1906(明治39)年には石炭採掘量が約49万トンと県内最大を誇った。

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