司法取引を導入する改正刑事訴訟法が6月1日に施行される。容疑者や被告が他人の犯罪を明かし、捜査・訴追に協力する見返りに、検察官は起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりする。正式には「証拠収集等への協力および訴追に関する合意制度」と呼ばれ、贈収賄や詐欺、企業による経済犯罪、薬物・銃器犯罪などを対象にしている。

 欧米で広く行われてきたが、日本では、自分の利益のために他人を売るということに反発が根強かった。そんな中、捜査・公判改革を議論した法制審議会特別部会で、取り調べの録音・録画により供述が得にくくなるとして検察が制度導入を強く主張。2016年に改正刑訴法が成立した。

 組織的な犯罪の捜査に効果があるとされる。ただ虚偽の供述によって犯罪に無関係の人が巻き込まれ、冤罪(えんざい)につながる危険が伴う。このため容疑者・被告と検察官の協議や合意に弁護人が立ち会い、3者が署名した書面で合意内容を明らかにするほか、虚偽供述に5年以下の懲役を科すなどの仕組みが整えられた。

 だが、まだ十分とはいえない。最高検は先に全国の地検と高検に供述が信用できるか、きちんと見極めるよう通達を出した。慎重な運用や客観的な証拠の収集に努めるのはもちろんだが、合意に至る過程の透明化を図るなど冤罪防止でさらに知恵を絞る必要がある。

 司法取引は共犯者の訴追を目的に行われることが多いとみられ、協議の過程で検察官は先方から提示された協力内容や供述の信用性を聴取と裏付け捜査で判断。容疑者・被告側は見返りとなる有利な扱いを確認し、その上で双方が取引に合意すると、合意内容書面が作成される。協議はどちらが申し入れてもいい。

 振り込め詐欺事件などでは末端の容疑者を逮捕しても、首謀者にたどり着けないことが多い。企業犯罪でも、上層部の関与を追及するのは難しい。司法取引を使えば、捜査の進展を期待できよう。しかし冤罪を生む危険と隣り合わせであることを忘れてはならない。

 もともと検察官には起訴するかどうかで幅広い裁量があり、事実上の司法取引はこれまでもあったとされる。14年前に北九州市で起きた放火殺人事件では、実兄を殺害し自宅に火を付けたとして逮捕・起訴された女性被告の裁判で検察側が、警察署の留置場で被告から殺害を告白されたとする女性を証人申請した。

 この女性は2カ月ほどの間、被告と同房で「告白を毎日のように聞かされた」と証言したが、裁判所は「身柄留置を捜査に乱用するのは、捜査手法として相当性を欠いている」と厳しく批判。証言の信用性を認めず、無罪判決を言い渡した。

 最近では、リニア中央新幹線談合事件で不正を認めたゼネコンの元幹部らが刑事責任を問われなかった一方で、否認した社の幹部らは逮捕・起訴され、あからさまな利益誘導が批判を招いた。

 司法取引の運用には節度が求められる。さらに供述に疑問が生じたとき、どうするか。協議の過程で行われる容疑者・被告の聴取は供述の信用性を見極めるのが目的であり、通常の取り調べとは異なる。供述調書は作成されず、録音・録画の対象にもならない。問題が起きたときに協議過程の詳細な検証ができるようにするため、全ての記録を残すことが必要だ。(共同通信・堤秀司)

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