批評家で随筆家の若松英輔さんの父は、無類の本好きだった。晩年、目を悪くし、ほとんど読めなくなっても、買うことをやめなかったらしい◆無駄なことをと思い、若松さんがやめるよう説得したが、思いは受け入れられなかった。はた、と気づいた。人はいつか読みたいと願いながら、読むことができない本からも影響を受ける―◆〈私たちは、読めない本との間にも無言の対話を続けている。それは会い、話したいと願う人にも似て、その存在を遠くに感じながら、ふさわしい時機の到来を待っている〉。若松さんが随筆集『言葉の贈り物』に記している。今やネットで便利に情報が得られる時代。若松さんの思いとは裏腹に、若い世代で「本離れ」が進む◆全国大学生協連の調べで、1日の読書時間が「ゼロ」と答えた大学生が53%に上ったという。いまさら驚かないが、一抹の寂しさに似た感情は覚えた。読書の良さは、一つのまとまった世界を体験できるところにある。〈独り、灯のもとで書物を広げて、会ったこともない昔の人を友とする。最も心慰むことである〉。兼好法師も『徒然草』で読書の楽しみをこう説く◆もうすぐ新年度。高校生、大学生、社会人としてスタートを切る若者にこそ、本に親しんでほしい。孤独や苦難を乗り越える力が得られるのも読書の功徳と思うから。(章)

このエントリーをはてなブックマークに追加