高度経済成長を支えた官僚たちを描いた小説『官僚たちの夏』(城山三郎著)に、こんなせりふが出てくる。「おれたちは、国家に雇われている。大臣に雇われているわけじゃないんだ」-。そんな日本官僚の矜持(きょうじ)はどこへ?◆国有地売却の森友問題で、決裁文書の改ざんに手を染めただけでも衝撃だったが、今度は文科省で国会議員の介入を疑わせる動きが。前事務次官が講演した名古屋市の中学校に対して講演の音声データの提供を求め、なぜ講師に招いたかを問い合わせていたという◆文科省は講演を把握したのは新聞報道がきっかけで、問い合わせは自らの判断としていたが、自民党の国会議員が関わっていたばかりか、市教委に出す質問を“添削”までさせていた。いったい、誰のために働いているのだろう◆冒頭の小説で、主人公の通産官僚は「いいか。通産省の上空には、不信という名の嵐が、いつも渦を巻いているんだぞ」と国家権力を担う覚悟を説く。「どうしてくされ縁ができるかといえば、人間がくさり出すからだ。じゃ、なぜ、人間がくさり出すのか。そのいちばん大きな原因は、人事だ。人事がうまく行かんと、確実に人間がくさる」◆政治主導のかけ声の下、内閣が官僚の人事権を一手に握るなど力関係は変わった。「政と官」のバランスがきしむ音が聞こえてくる。(史)

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