出発前に勝尾城筑紫氏遺跡について説明を受ける参加者=鳥栖市

深さが5メートルもあった葛籠城跡の空堀を歩く参加者=鳥栖市

 鳥栖市北西部の山麓一帯に広がる戦国時代の城下町跡「国史跡勝尾城筑紫氏(かつのおじょうちくしし)遺跡」を17日、福岡県久山町の遺跡保護ボランティアが見学に訪れ、地元のボランティアガイドと交流した。長大な空堀や石垣などを目の当たりにして「すごい遺跡で感動した」「戦国の歴史を感じた」などと賞賛した。

 訪れたのは、中世の山寺跡「国史跡・首羅山(しゅらさん)遺跡」の保護普及活動に取り組む「久山町歴史文化勉強会」の会員と町教委職員の計7人。2月にあった勝尾城遺跡シンポジウムに同町の文化財担当者が出席したのがきっかけとなった。

 市内のボランティアガイド団体「ふるさと元気塾」や市教委職員ら約10人が案内役となり、筑紫氏の館跡(標高約220メートル)から本丸のあった山頂(同500メートル)まで登った。元市教委職員で発掘調査に当たった石橋新次さんも同行し、館跡の配置と出土品や、1586年に九州制覇を目指す島津軍3万人の攻撃を受けて落城するまでの経過などを迫力満点に語り、参加者を大いに喜ばせた。

 城下町防衛の最前線となる支城、葛籠(つづら)城跡では深さ5メートル、長さ500メートルもあった長大な空堀を歩いて感嘆し、困難を極めたとみられる当時の土木作業に思いをはせた。

 下山後、久山町の参加者からは「石垣や空堀を見て、昔の人はよほど敵を恐れて城を造ったのだと痛感した」などの感想が出された。ガイドした地元ボランティアからは「次は首羅山遺跡を訪ねたい」との声が上がり、遺跡を介した交流や情報交換に期待が広がった。

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