「ところで、皆さんの中に佐用姫(さよひめ)という名前をご存じの方はいらっしゃいませんか?」-。ルポライターにして名探偵の浅見光彦が問いかける。内田康夫さんの『佐用姫伝説殺人事件』の一節である◆手がかりは、被害者が「佐用姫の…」と記したメモ。東京の殺人事件は、佐用姫伝説が息づく唐津、そして呼子へと展開していく。「この呼子という港町は、どことなく哀愁の漂う雰囲気がありますね」「対岸の建物の灯が、港の波に揺れるのを見ると、何だか悲しくなるなあ」。隠されてきた真相に迫る浅見が、ため息まじりに語る◆旅情を誘う作品を次々に発表してきた内田さんが、83歳で亡くなった。46歳と遅い作家デビューながら、1982年の『後鳥羽伝説殺人事件』から始まった浅見光彦シリーズ114作は9700万部の大ヒット。テレビドラマ化され、榎木孝明さんや辰巳琢郎さん、中村俊介さんらが、それぞれの持ち味で浅見を演じてきた◆遺作となった『孤道』は、内田さんの闘病のため未完のまま刊行されたが、これで終わりではない。その続きを公募しており、いずれ完結編として発表するという◆名探偵の大先輩シャーロック・ホームズは作者の死後もさまざまに書き継がれ、今も私たちを楽しませてくれる。浅見光彦の謎解きの旅もまた、これからも続く予感がする。(史)

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