日本人が出場した初の国際的なスポーツ競技大会は、1912(明治45)年のストックホルム五輪だった。マラソンにエントリーしたのは、熊本出身の金栗四三(かなくりしそう)(1891~1983年)。来年のNHK大河ドラマのモデルである◆この大会には、足袋に布をあて厚くしたものをはき出場したというから、時代を感じさせる。肝心のレースは途中、熱中症により意識を失って倒れ、記念すべき大会は棄権扱いとなった◆「マラソンというのは耐久力ばかりではだめだ。スピードもいる」。日本における「マラソンの父」といわれた金栗自身の言葉だ。今では当たり前だが、日本の長距離走は、この発見からスタートしたのである(佐山和夫著『金栗四三―消えたオリンピック走者』)◆走ることは楽しいものだというのを伝えたい―。終生変わらなかった彼の情熱は、今の長距離走ブームにつながっていく。佐賀の春の風物詩「さが桜マラソン」も、その延長にある。きのう佐賀市の県立博物館付近で待っていると、個性豊かないでたちのランナーが次々と駆け抜けた◆「水、ありがとう」。走りながら、給水ボランティアの龍谷高の生徒たちに声をかける。走る人だけでなく、手助けする人、応援する人、みんなの輪がつながって大会が盛り上がる。桜はまだだが、心は温かく春色に染まった。(章)

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