1年余り雨にさらして潮抜きした潟泥をダンプに積み込む=鹿島川の河川敷

 3年前から、鹿島川の河川敷に堆積している潟泥の除去作業が行われています。おととしは横沢橋から上を100メートル余り除去しました。そのときの潟泥を七浦干拓の堤防脇の空き地に運んで、1年余り雨にさらして潮抜きをして、石灰を混ぜてダンプに積み込んで畑に運ぶ作業が、2月22日と23日にありました。

 潟揚げは戦後間もないころまで沿岸各地で行われていたようで、潟揚げ場に揚げてしばらく潮抜きをして、家の庭先や畑や田んぼのわきに運び、積み上げて下肥などを振りかけて熟成させてから堆肥代わりに入れていました。かなりひどい臭いがしていたそうです。当時は金肥は高価でなかなか買えなかったのです。

 今でも「潟いにゃあ踊り」が、鹿島市飯田と小宮道に受け継がれていて、潟開きの時に披露されています。新地節にあわせて踊ります。新地節は干拓で作業をする時や潟上げをする時の作業唄だったのです。(写真家・中尾勘悟=鹿島市)

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