『海国図志』(多久市郷土資料館蔵)

 アヘン戦争(1840~1842)で清がイギリスに大敗したことは、当時の人々に大きな衝撃を与えました。西欧列強の進出がすぐそこまで迫っていることを、いや応なしに思い知らされたのです。

 「日本に危機が迫っている」という認識は、多久領の学校「東原庠舎(とうげんしょうしゃ)」の教育にも影響を与えました。東原庠舎の蔵書に、『海国図志』という本があります。この本は1842年、清朝の官僚で思想家の魏源(ぎげん)が著したもので、当時の西欧諸国の情勢と、列強に肩を並べるために近代化と富国強兵を訴えた地理書です。

 『海国図志』は当時の世界情勢を知る本として、攘夷派、開国派問わず幅広く読まれ、佐久間象山や吉田松陰ら、多数の志士が熟読していました。このほか、上海に滞在していたイギリス人宣教師が著した『地理全志』も、東原庠舎には収められていました。こういった書籍が、生徒たちの目を世界に向けさせたのでしょう。

 東原庠舎は武士だけでなく、庶民の子どもたちも学ぶことができました。そして、優秀な人材を大坂や江戸など各地へ遊学させ、教師として教育に当たらせました。もともと儒学と武道を中心に教える学校だったのですが、幕末には英語や数学なども教えていたといわれ、高取伊好や志田林三郎など、明治期に活躍する人材を数多く輩出しています。

志佐 喜栄(多久市郷土資料館)

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