吉永寛和・プロテニスコーチから指導を受ける岸田星那君=神埼市の西九州大学

 生まれつきの病気で下半身が不自由な小城市の晴田小4年、岸田星那(せな)君(9)は車いすテニスと出合い、チャレンジする楽しさを見つけ自信も芽生えてきた。まだ始めたばかりだが、「パラリンピックに出たい」という夢も膨らんできた。

 母・恵美子さん(38)によると、星那君は「二分脊椎(にぶんせきつい)」という病気で右足がまひし、左足も力が入りづらい。赤ちゃんの頃はハイハイも難しかった。

 何かスポーツをさせたいと探していたとき、鳥栖市のプロテニスコーチの吉永寛和さん(40)が神埼市の西九州大学で開いている「車いすテニス教室」を知り、9月に初参加した。いつもはすぐに疲れた表情を見せるのに、懸命にボールを追い続ける星那君の姿に、恵美子さんは驚いたという。以来、毎週金曜日の練習を心待ちにするようになった。

 吉永さんはロンドン、リオデジャネイロのパラリンピックに出場した車いすテニスの日本代表選手川野将太さんの専属コーチとして活動している。車いす教室には小郡市から通う中学1年の日本代表男子ジュニア選手もいる。車いすテニスのトップ選手には星那君と同じ病気の人が何人もいるという。

 星那君は車いすテニスを始めて、表情が明るくなり行動も前向きに。学校で2階へ上がるときの昇降機に自力で乗り移れるようになり、「テニスをうまくなりたい」と苦手だった野菜も食べられるようになった。

 家でリオ・パラリンピックのビデオを見ていた星那君は最近、「夢はパラリンピック」と口にするようになった。吉永さんは「その可能性を育てていくのも私の仕事」と後押ししている。

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