「唐津近代教育揺籃の地」記念碑を除幕する早稲田佐賀高の生徒会長・高田幸毅くん(左)と唐津東高の生徒会長・樋口綾華さん(中央)=唐津市東城内の早稲田佐賀中高正門前

 唐津市東城内の早稲田佐賀中高の正門前に10日、「唐津近代教育揺籃(ようらん)の地」記念碑の除幕式が開かれた。明治150年を記念し、碑文は唐津藩英学校「耐恒寮」から始まる歴史をつづり、「この地は唐津における明治以来の近代教育の伝統を連綿と継承し続けている」と刻んだ。

 揺籃は「ゆりかご」の意で物事の初期を指す。この地は唐津城二の丸の藩主屋敷跡で、1871(明治4)年に耐恒寮(当初は大名小路)を設置。その後唐津中学など変遷をたどり、1956(昭和31)年から唐津東高になり、2007年に同校が鏡に移転し、10年に早稲田佐賀が開校した。

 唐津市教育委員会、唐津鶴城同窓会、唐津早稲田交流推進協議会、学校法人大隈記念早稲田佐賀学園の4者で建立を検討してきた。碑は赤御影石で碑文を記した陶板をはめ込んでいる。資金約100万円は市教委を除く3者で捻出した。

 式典には約40人が参加し、ともに生徒会長で2年生の唐津東高の樋口綾華さんと早稲田佐賀高の高田幸毅さんが除幕した。市教育長で鶴城同窓会会長の稲葉継雄さん(70)は「私は東高10期で東京五輪を挟んで3年間、ここで学んだ。同窓会長として心配するのは、ここを母校と感じる人と鏡育ちの後輩との溝。その溝を埋める縁(よすが)でもある」と語った。(

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