伊能大図のパネルを歩きながら地名を調べる見学者=有田町の焱の博記念堂

有田町内の地名などを探す見学者=有田町の焱の博記念堂

 江戸時代に日本全国を測量した伊能忠敬が作った「伊能大図」のパネル展が9日、有田町黒川の?の博記念堂で始まった。3万6000分の1の地図で、南北21メートル東西12メートルにわたって九州全体と中四国の一部を展示。各地の地名が詳しく書き込まれており、地図の上に座り込むようにして見入る人もいた。10日まで。

 伊能は1812(文化9)年と翌年に有田町などを実測した。地図には町内に現在も残る曲川などの地名が書かれ、焼き物産業の中心地の泉山には「世曰(よにいわく)皿山」(世間に知られた皿山)と記されている。

 見学者は地図の上を歩き回り、鹿児島県の桜島が当時は陸続きではなかったことなどの説明に聞き入っていた。同級生24人と見学した有田小4年の小田隆太朗君は「友達と同じ名字の地名や親類が住んでいる所を調べた。大きな地図ですごい」と話した。

 パネルは伊能が作成した地図のうち、最大のものを原寸複製して樹脂に印刷した。鹿島市が伊能が住んだ千葉県香取市と友好都市を結んでいることから、両市の協力で有田町で公開した。

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