夏目漱石は、お芝居があまり好きではなかったらしい。ついつい舞台の子役に同情してしまい、「知らず知らず眼に涙が滲(にじ)み出る。そうしてすぐ、ああ騙(だま)されたなと後悔する。なぜあんなに安っぽい涙を零(こぼ)したのだろう」と自己嫌悪に陥った。随筆『硝子戸(がらすど)の中(うち)』に書いている◆米朝首脳会談が5月までに開かれる見通しになった。がらりと舞台を転換させるような急展開である。北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)委員長が韓国特使を通じて、米国のトランプ大統領を招待し、トランプ氏もこれを受ける意向だという◆国際社会から孤立を深め、経済制裁に苦しむ北朝鮮である。いよいよ、白旗を挙げたのか。これで核開発をあきらめ、国際協調路線へと転換するというのなら大歓迎だ。だが、何しろ国と国との間で交わした合意破りの常習犯で、瀬戸際外交を身上とする相手である。経済制裁の解除だけを狙った時間稼ぎというシナリオも捨てきれない◆安っぽい芝居にだまされて不快を覚えた漱石は、他人とどうつきあうかにも、もんもんとした。「今の私は馬鹿で人に騙されるか、あるいは疑い深くて人を容(い)れる事ができないか、この両方だけしかないような気がする。不安で、不透明で、不愉快に充(み)ちている」と◆疑ってかかるか、それとも信じてみるか―。首脳会談の先にハッピーエンドを願うばかりだが。(史)

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