唐津の歴史を拾遺する筆者の田中誠さん=唐津市米屋町通り

 これまで3年間、「唐津拾遺集」を執筆させていただきました。これは取材に協力していただいた方々のおかげでできたようなもので、感謝申し上げます。ありがとうございました。

 ところで、私はこれまで唐津の文化について、トリビア的な視点から紹介していったつもりです。それが成功したかは分かりませんが、唐津に生まれ、唐津愛を持っている私の精いっぱいの文章でした。

 よく行政などで「地域の宝を掘り起こそう」ということが言われていますが、ここ唐津に関しては十分にあります。唐津には教育現場で使用される歴史教科書に記載されている重要なものがふんだんにあり、まさに歴史の宝庫なのです。

 このような地は、全国的に見てもそんなに多くはありません。ただ、その宝をいかに現在と結びつけるかという”編集力”がまだまだ不足しているように思います。

 私がこれまで書いてきましたものを読み返しますと、重要事項が抜けています。例えば唐津焼のこと、唐津くんちのこと、名護屋城のこと、幕末から明治維新にかけて日本の近代化の黎明期に活躍した人々のこと、そして耐恒寮のこと…。

 言い訳になりますが、私の技量ではこれらのことを600余字で表現することは非常に困難なことでした。

 とにかくこの連載はとりあえず今回をもって終了します。読んでいただいた方々に感謝します。また、何らかのかたちでお会いできることを願っています。=おわり

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