宮城県気仙沼市に送るひな人形を段ボール箱に詰める(左から)井口さん、舩山さん、西村さん=佐賀市のアバンセ

 東日本大震災の被災地の一つ、宮城県気仙沼市に、佐賀市職員の井口貴徳さん(37)ら3人が手作りのひな人形を贈った。井口さんが気仙沼に出向した際、知人が作ったひな人形を届けたことが縁になり、今年も復興支援団体の要望に応えた。震災から11日で7年。井口さんは、復興の途上にある被災地で見聞きした現状と教訓を佐賀市で伝える活動にも取り組んでいる。

 井口さんは2月上旬、佐賀市のアバンセで、段ボール箱にひな人形を丁寧に詰め込んだ。一緒に作業をしたのは同僚の舩山欣寿さん(35)と西村幸大さん(34)。140体の人形に加え、ブランド野菜の光樹とまと、佐賀のり、米、ミカンも詰め、約10箱分になった。「愛情たっぷりのひな人形と特産品をお届けします」と、名刺の裏に手書きのメッセージを添えた。特産品は気仙沼の炊き出しイベントで、災害公営住宅で暮らす単身のお年寄りらに提供された。

 井口さんは2016年度、気仙沼市観光課に出向した。現地の復興支援団体が17年2月、引きこもりがちな仮設住宅のお年寄りの外出を促すイベントを企画した。井口さんは、佐賀市内の知人に協力を依頼し、ひな人形と、炊き出しのおにぎりに使うのりを届けた。イベントは好評で、高齢の女性は「家のひな人形は津波で流されてしまった。一生大事にします」と感激していた。

 帰佐した井口さんは昨年12月、支援団体から「次回も協力してほしい」と打診された。1人で品物を集めて送るには限界があると思い、舩山さんと西村さんに声をかけると、快諾してもらえた。家族や生産者の協力を得て、佐賀ならではの特産品を集め、送料は3人で負担し合った。

 井口さんは出向当時、被災地をつぶさに見て回った。中でも、津波で3階に自動車が打ち上げられた気仙沼向洋高校の校舎が目に焼き付いている。災害の大きさを思い知った一方で、全生徒と職員が無事だったことに関心を持った。

 学校関係者から「一般的に避難時は押さない、駆けない、しゃべらないの『おかし』が大切と言われるけれど、高台に走ったし、情報を共有するためによくしゃべった」と当時の話を聞いた。想定外の災害では臨機応変の対応が必要―。被災地で実感した教訓だ。

 佐賀市の熱気球大会で気仙沼市の復興の様子を紹介するパネル写真展を開いたり、公民館で気仙沼の現状と災害対応について講話したりもしている。

 「仮設住宅から災害公営住宅に移り、近所付き合いが希薄になっていると聞いた」と井口さん。「復興の歩みは続いている。手伝いを今年で終わりにはしたくない」。現地からは、お年寄りと子どもたちがおいしそうにおにぎりを頬張る写真が送られてきた。佐賀からもできることがあると感じている。

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