被災家屋の解体が進む墜落現場=神埼市千代田町

 焼け落ちた住宅を解体する重機の音が響いていた。神埼市千代田町に陸上自衛隊目達原駐屯地(神埼郡吉野ヶ里町)のAH64D戦闘ヘリコプターが墜落した事故から5日で1カ月。現場や周辺からは既に自衛隊員は撤収し、落ち着きを取り戻しつつあるように見えるが、被災した人たちは仮住まいを余儀なくされたまま。事故が起きれば生活が一変することを思い知らされた地元区長は、日常を繕いながら「隣り合わせの危険」に思いを巡らせている。

 「のどかな農村が一変し、戦時中かと思われるほどでした」。82世帯が暮らす墜落現場の集落の区長を務める松永順二さん(68)は2月末、事故後の様子を佐賀新聞の読者投稿欄にこうつづった。

 2月5日午後4時43分の事故発生時、自宅にいた松永さんはすぐに現場に駆け付け、徹夜で住民の避難誘導や世話に当たった。

 翌日以降は、捜索や調査をする自衛隊員らのトイレを確保する調整を担い、落下した部品の被害報告が地区の住民から寄せられると市や自衛隊に取り次いだ。

 辺りに焦げた臭いが残る中、田畑や民家に飛散した残骸の回収のため、迷彩服姿の自衛隊員が大勢、動員されてきた。陸自からは捜索場所、動員人数といった概要が随時伝えられ、その回数は「謝罪を含めると、数十回に及んだ」という。

 防衛省の幹部も続々と訪ねてきた。「戦闘ヘリが近くを飛んでいるという認識がこれまであまりなく、事の重大さを徐々に感じるようになった。平和のように見えて、危険をはらんでいる部分があることに気付かされた」と振り返る。

 神埼市は小中学校でストレスチェックを実施し、約60人と面談。これまでのところ深刻なケースは報告されていないが、けがをした女児(11)を含めた児童生徒へのケアを継続している。地元2地区では保健師が巡回し、住民へ相談窓口も案内した。ただ、被災した家族の生活の再建には時間がかかりそうだ。

 目達原駐屯地は2月下旬、墜落現場付近を除きヘリの飛行を再開したが、関係自治体に対する情報公開の内容は従来と大きく変わらない。平日の日中以外に飛行する場合の事前通知が送られてくるだけという。

 「いくら安全安心と言っても事故はどこででも起こり得る。人ごとのように捉えていてはいけない」と松永さん。「軍用機の飛行ルートなどの情報公開は以前にも増して求められると思う。時間がたって事故が風化し、情報が公開されなくなっていくのは不安だし、『これでもか』と安全を追求してもらわんといかん」と釘を刺す。

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